丸岡城(2017年福井の旅)(坂井市)前編

 

現存天守12城のうちのひとつ

日本のお城は小さなものも合わせれば、

1万城くらいはあるかも知れません。

その中でも、

江戸時代以前作られた木造天守(天守閣)が

いまでも残っているお城が、

全国で12城あって、

その一つが今回初訪問の丸岡城です。

僕がお城に興味をもつきかっけは、

同じ現存天守がある

長野県の松本城で、

いつかは現存天守12城を

全て制覇したいという気持ちもあり

今回、丸岡城に

ターゲットを絞ったわけです(笑)

ただ、12城の中には、

青森県の弘前城もあって、

九州の福岡から日本の北端まで

行くには時間とお金が

かなり足りそうにないので(汗)、

12城制覇は

まだまだ先の話しになるでしょうね(笑)

丸岡城へ

平泉寺白山神社で

衝撃的な苔ワールドを堪能した僕たち、

その余韻もさめないうちに

今度は戦国ワールド?丸岡城へと向かいます。

一時間ほどのドライブで、

丸岡城に到着。

丸岡城前の駐車場は満車だったので、

少し距離がある別の駐車場に駐車。

無料なのが実に有り難い!

このあたりは、

素晴らしく綺麗に整備されていて、

福井県が、日本最古の現存天守とも

言われる丸岡城にかける情熱が、

ひしひしと伝わって来ます!

(日本最古は諸説あります)

駐車場からお城に向かって行くと

目につくのがこちら。

櫓門(やぐら)風のトイレ

名付けて「かわや」(笑)

しかも目の前は丸岡城バス停で、

バス降りたらすぐに用を足せる

利便性も兼ね備えたものです。

そしてここのお城感は、

トイレだけではありません。

公衆電話を使う機会が

減っているとは言え、

この外観を見たら

使ってみたくなるかも?

丸岡城への登城口前にある

一筆啓上茶屋。

丸岡城を国宝にしようと

垂れ幕がかかっているのが、

地元の方の気持ちを表しています。

「日本最古」を証明出来る

動かぬ証拠?が出てくれば、

国宝間違い無しでしょう!

この案内で注目したのが、

左下に小さく書いてある

主な年中行事の一つ、

「日向神楽奉納」

日向と言えば九州の南国、

マンゴーで有名な?宮崎県ですよ!!

何で福井県の丸岡城で、

日向神楽なんだ?

とネットで調べたら、

何と1695年から、

延岡藩主だった有馬清純が、

宮崎から持ってきた神楽でした。

有馬さん、延岡で悪政をやらかして、

一揆が起きてしまった責任を問われ

一旦は城無しとなったのですが、

丸岡藩主となり

めでたく城持ち大名に返り咲きました。

その時、延岡から日向神楽の舞人を

数名伴って来ており、日向神楽を

丸岡の神社に奉納したそうなのです。

へ〜凄いですよね!

九州と北陸の繋がりがこんな所に

あったとは!!

文化的なものへの理解や

神社への崇敬が篤い有馬清純のお陰で、

300年以上経ったいまでも

こうして北陸の地で

宮崎県高千穂の

天岩戸神事を再現する

日向神楽が続いているのは、

結局は、有馬清純さんが、

「延岡でやっちまった」からで、

「人間万事塞翁が馬」?状態かも

知れません(笑)

今は天守とその周囲しか遺構が

ほぼ残されていない丸岡城ですが、

昔はこんな姿だったのですね。

階段を上がって天守に向かいます。

途中、入場券売り場の前に鎮座する八幡神社。

本殿は覆屋付です。

なんかミニチュア本殿みたいに

可愛らしい姿でした。

ここは切符売り場横の

資料スペース。

地元の高校生が作った

映像を見て予備知識を入れます。

高校生たちは、

素晴らしい作品に仕上げていましたよ。

天守前の広場にある記念撮影場所。

武士になった気分?の妻。

丸岡城築城時、人柱として

埋め込まれた「お静」の慰霊碑と墓標。

人柱になったら息子を

侍に取り立てるという約束だったのに

ほどなくして本能寺の変が勃発、

その後の清洲会議で城主は長浜城へ…

新しい城主はそんな事は知らん!

と言ったのかどうかはさておき、

結局約束は果たされなかったのです。

この恨みなのか、

毎年藻刈りの季節になると

春雨で堀はあふれ、

人々はその霊を慰めるために

小さな墓をたてたそうです。

ちょっとホラー話もある丸岡城ですが、

昔は人柱は日常茶飯事?だったようで、

お城や川の堰など、

日本各地で人が埋められていて

珍しい話しではありませんし

大分県の日出城などでは、

人柱の遺骨まで出土しています。

昔の人たちの自然や神様に対しての

考え方なんでしょうね。

いつものように(笑)

HITACHIさんお手製?の

重要文化財の立て札。

天守全景。

見るからに無骨な石垣は、

やはり日本最古の天守と

言われるにふさわしいものです。

側面から撮影。

石垣のアップ

一向一揆の残党が

攻撃をしかけて来たとき、

この井戸から大蛇が出て来て、

丸岡城に霞(かすみ)をかけて

城を救ったそうです。

なので、霞ヶ城という別名も付いたとか。

石垣アップと天守。

笏谷石(しゃくだにいし)の鬼瓦が

僕たちに睨みをきかせています!

鬼瓦の目を盗みながら城内へ(笑)

ここが入口。

いよいよ攻城開始!!

 

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