高良山神籠石(福岡県久留米市)

 

日本最初

高良山神籠石(こうごいし)は、

日本で初めて

学会に発表された神籠石です。

神籠石は長らく、祭祀場所説、

山城説など、その正体は

確定されませんでしたが、

今では「古代山城」というのが、

定説になっています。

神籠石発見以来、古代山城は、

福岡県の大野城や、

基肄(きい)城のように

日本書紀などの文献に

載っているものを「城」、

文献に載っていないものを「神籠石」と

言い分けて来ましたが、

「城」という確定が

為されたこともあってか、

近年は神籠石という名前は、

使われなくなり

「城」と命名されるようになって来ました。

実際の意味も「神籠石」と「城」は

違いますし、

将来、神籠石は、全部「城」と

改称されるかも知れません。

その時は「高良山城」という表題に

書き換えます(笑)

高良山神籠石へ

高良大社に参拝しようと、

社殿裏山側の駐車場に停めたのが、

現場発見の大きなきっかけでした。

高良山神籠石の事は知っていましたが、

まさか、高良大社に隣接(含まれる)

とは、全く予想外のこと。

裏参道から境内に向かう途中見つけた

神籠石の案内。

そして、その直ぐ側には、遺構があります。

お〜!石積みだ!

ずっと連なっています。

高さ1m以上のものもあります。

そして、高良大社の一角にも

関連したものがあります。

江戸時代、八葉石とも呼ばれ

石碑にされていたようで、

その一部は、高良大社の

手水舎の大水盤に転用されたと

書かれています。

手水舎・・・確認するの忘れました(汗)

「天保」の文字が見えます。

江戸時代以前、神籠石の「石」は、

このような石碑になったり、

お城の石垣用に加工されて

使われたりしています。

神籠石に出会ったところで、

高良大社参拝へと向かいます。

 

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