弥勒堂(福岡県飯塚市)

 

神宮寺の名残を発見

江戸時代までの日本では、

神仏習合の寺社が多く存在し、

神祇のための寺院である「神宮寺」、

寺院のための神社である「鎮守社」、

というように、寺社はお互いを

守り合う存在でもあったのです。

神も仏も一緒なんて、

頭が混乱しそうですが、

要するに、神と仏が共存していた寺社は、

た~くさんあって、

ここに来る前に参拝した高祖神社

その一つでした。

そんな神と仏の共存という習慣が

当たり前の事だったところに、

明治政府の神仏分離令が出され、

完全に別れて(別れさせられた)

今に至るというわけです。

そんな神仏習合の名残であるお堂を

妻が発見(笑)したのは、

椿八幡宮に参拝した時でした。

弥勒堂へ

椿八幡宮に到着し、

車を降りるなり妻が、「あ、何かある!」

そう言ったので、その方向を見てみると

こんもり茂った木の中に

何やらあるようなので、

神社に参拝する前に行って見ることに。

右の石垣は椿八幡宮の社域で、

目的の場所は、

その前の道路から30mほど先です。

さらに進みます。

お堂が見えて来ました。

入り口。

ここから見ても、

かなり大きな菩薩様ですね!

入って右側の祠。

左側には、石塔風の「弥勒菩薩」

と刻まれた石の寺号標と案内版があります。

存在感抜群の弥勒菩薩様。

おみろく様の由来。

一部抜粋、要約すると、

「筑前国風土記拾遺抄によれば、

弥勒座像にして長七尺(約2.1m)

の胎中に銘あり。

奉彫刻弥勒尊 永享十二年(1440年)

神主 宇良幸光丸、

施主 比丘祖誕井妙了大姉

大宮司 道貞大河十郎二郎 松尾四郎

などの書あり」

「椿八幡宮の神宮寺として弥勒菩薩を

安置されたと伝われています。

木像としてこの地方最大で、

耳の病、いぼ、にご利益がある」

このように書かれています。

室町時代に作られてから

600年近くの間、

戦争や火事、災害なども

あったでしょう・・・。

それでも現代まで、

お姿を留めているのは、

もはや奇跡に近いものがあります。

こんな凄いものに出会えたのは、

現場指南役の妻のお陰です(笑)

斜めから撮影。

ピアス?をした弥勒菩薩、

穏やかで優しいお顔をされていて、

作者の気持ちが伝わって来ますね。

弥勒菩薩を安置したお堂の傍には、

お地蔵様たちがいらっしゃいます。

妻のおばあちゃんが、

いつも大切にしていたお地蔵様が、

ここに導いてくれたのかも知れません。

 

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