2018/06/16

幸橋(オランダ橋)(長崎県平戸市)

 

九州は石橋の宝庫

江戸時代、橋と言えば、

木造の橋が普通でした。

本州では江戸時代に造られた石橋は

ほんのわずかだったのに九州には、

なんと400以上もあるそうです。

その原因は、江戸初期、

1634年、中国の技術によって、

造られた長崎市の眼鏡橋で、

九州の石工たちはこれを研究し、

石橋の文化が出来上がったようです。

また、この眼鏡橋を1648年に

修復したのが、平戸好夢という人で、

その名の如く、平戸の出身だったので、

なんか幸橋と繋がりがあるのかも?

なんて勝手な推測しながら

書いています。

その平戸が誇る石橋、「幸橋」、

通称オランダ橋を平戸の旅の

フィナーレとして訪問しました。

幸橋へ

オランダ商館を堪能した僕は、

幸橋がどこにあるか、あまり

わからず、車を走らせていたら

妻が発見、

しかし、車を停める場所が

近くに見当たらないので、

あきらめようとした時、

「ここに停めればいいよ!」との

妻のナイスアドバイス。

それは、すぐ横のスーパーマーケット。

もちろん後で、買い物はしましたので

停め逃げにはなっていないはず(笑)

見えてきました幸橋。

オランダの石積み技術を

使ったので、オランダ橋と

ニックネームが付けられています。

国指定重要文化財です。

1702年、元禄15年と言えば、

あの忠臣蔵の年。

赤穂浪士達が、

吉良上野介を討ち取るのに

汗を流していたころ

ここ平戸では、石橋を架けるのに

汗を流していたようです。

いよいよ渡ります。

平戸城の門が復元されていて、

その先は平戸市役所になっています。

門を入ってすぐ左にあるのは、

オランダ船錨です。

平戸の川内港で引き揚げられたもので、

当時、貿易船が行き来してた

裏付けにもなっています。

漫画に出て来る(笑)

錨そのものの形ですね!

そして、錨の真ん前には、

こんな碑があります。

英国商館遺址之碑。

短い期間でしたが、

ここ平戸では、イギリスとの貿易も

行なっていて、日英友好の碑として、

1927年に建立されています。

引き潮だったので、

橋のたもとまで行ってみました。

なかなかカッコいいですね!

反対側からも散策。

下からも覗いてみます。

良く見たら気になるものを発見!

この刻印(彫刻)は何なのでしょう?

日本風ではないような…

う〜ん未だに謎のままです。

幸橋、いやオランダ橋の

素晴らしさを体験出来て、

平戸の旅は完了!

…となるところですが、

もう一つ、平戸には

誇れる橋がありました。

平戸大橋!

幸橋完成から275年後の

1977年開通で、2010年まで

有料でしたが、今は無料開放と

なっています。

そして、ここでは二人の偉人と

ともに橋を撮影してみました。

まずは、一人目。

夏目漱石。

「凩にくじら潮吹く平戸かな」

凩は「こがらし」と読みます。

平戸で鯨漁を見て感動した漱石が、

その模様を句にして正岡子規に

送ったものだそうです。

へ〜鯨か〜!

このあたり捕鯨文化が

盛んだったのですね。

だから松浦漬け(粕漬け)には

鯨の軟骨が入っているんだと納得(笑)

夏目漱石のお陰で、また一つ

大人になれました(笑)

そして、次はこの方とのショットです。

夏目漱石と双璧を成す偉人?

ツツジがめっちゃ似合いますね!

 

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