吉川元春館(広島県北広島町)

 

隠れた名所

吉川元春館を訪問して感じたのは、

ここが、

「隠れた名所」であるという事。

館跡の横に建つ

戦国の庭歴史館」の

充実ぶりと相まって、

戦国期の城館での

生活ぶりを肌で感じられる、

貴重な史跡です。

島根県との県境の町で、

広島市内からは遠いけれど、

実際に体感してみて、

本当に良かったと思っています。

石垣

吉川元春館へ足を運ぶきっかけは、

素晴らしい石垣の写真を見たから(笑)

というわけで、まずは石垣を目指し歩きます。

正面入口。

これは石垣散策後、

とりあえす撮影したもの(笑)

戦国の庭歴史館にあった

ジオラマの左手前部分に

「石切場」があります。

石切場。

400年以上も前、

吉川元春さん時代の石切場が、

そのまま残っているのが、驚きですね。

石切場のすぐ上が、

目指す石垣です。

お~写真で見た通りだ~(笑)

しかも、

権威の象徴である巨大な鏡石が、

いくつも積まれているのには、

ここに来て初めて気づきました。

妻と大きさの比較。

縦2m、横4mくらいでしょうか、

館正面左側の石は、

特に大きいようですね。

こちらも鏡石。

ここにも!

見たらきりがないか?

動画でも石垣を撮影。

館の案内図。

正面の石垣左側に、

通用口が記されているので、

ここも確認してみます。

土塁上に登って、

通用口と石垣を俯瞰。

本当にここは綺麗に整備されていて、

日本百名城や続日本百名城に

ラインナップされていないのが

不思議なくらい

本当に素晴らしい史跡です。

館の遺構

石垣に満足した後は、

遺構の散策へ。

門・築地塀跡。

案内。

復元建物

次は復元建物へ。

吉川元春館の

台所を復元しています。

白木が気持ちいい。

案内図。

献立も紹介。

山の中なのに

魚料理が出ていますね!

竈(かまど)。

調理場。

石組暗渠

台所の裏側にあるのが、

暗渠(あんきょ)です。

石組暗渠の案内。

「長さ5m、幅50cmの石組の水路跡で、

上は9個の石で蓋がされています。

側壁の石の下には、

石が沈まないよう

丸木が埋められていました。

館の北側に位置する

名勝庭園の池の水は、

大溝からこの暗渠水路を通って南の堀へ

流れ出るようになっています。」

このように書かれています。

流れ着いた庭園の水は、

この暗渠を通って、南の堀へ・・・

こちらが南の堀。

ここに流れ出るしくみなのですね。

庭園

暗渠と繋がっているのが北側の庭園です。

この水が最終的に暗渠を通って

南の堀へと流れる・・・

そんな実務的な事を考えてしまうと、

風流でなんでもなくなりますね(笑)

ここは、

庭園の事に集中するしかありません。

案内。

「(前略)

石組や敷石遺構が

良く残る中世末期の秀逸な

城館庭園として、平成14年

国の名勝に指定されました。」

このように書かれています。

便所跡

最後にここのメイン(笑)、便所跡。

便所跡の遺構。

戦国の庭歴史館で見た

便所桶の実物。

案内。

「直径90cm、深さ80cmの

円形の桶を埋めた便所の跡です。

中の土を分析したところ

寄生虫の卵やベニバナの花粉、

イネ・ヒエ・ウメ・ナス・ウリなどの

種が見つかり、

トイレであることがわかりました。

魚や野菜にあまり火を通さず

食べていたため

寄生虫に悩まされていたのかもしれません。

ベニバナは虫下しの薬として

使われていたようです。」

このように書かれています。

う○こは、

発掘の宝物だったのですね(笑)

便所跡後方から

吉川元春館の全景を動画で撮影。

散策の最後は、便所前ではなく、

石垣前でツーショット(笑)

今日の注目

駐車場近くにあった案内板に注目。

「戦国武将ゆかりの花壇作り」

吉川元春館の発掘調査で

明らかになった花を、

ここに植えられています。

戦国武将と花・・・

ギャップ萌えな取り合わせですが、

お隣の「戦国の庭歴史館」でも

甲冑背後の陣幕には、

桔梗となでしこの花が、

あしらわれていました。

こんな切り口もあったのかと

改めて感激です。

 

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