戦国の庭歴史館(広島県北広島町)

 

10分間

戦国の庭歴史館滞在時間は、

たったの10分間・・・。

広島駅に戻ることを想定すれば、

即、お隣にある吉川元春館跡の

散策に向かわなければ、

後の時間が無いと思いつつも、

入ってしまったのです・・・。

とは言え、諦めずに入った甲斐は、

大いにありました!

ビデオなどを見る時間は無かったけれど、

展示内容や発掘調査の報告など、

中身の充実度は実に高く、

秀逸の一言なのです。

たかが10分、されど10分、

こんなに凝縮された10分間を

人生で味わう事ができて、

戦国の庭歴史館の

学芸員、職員の方には

ただ、感謝しかありません。

本当にありがとうございました!

次回は、

1時間かけて巡ってみたいものです。

戦国の庭歴史館へ

吉川元春館跡は、

駐車場のすぐ目の前なので、

戦国の庭歴史館をパスして、

即散策に取り掛かろうとした時、

何となく、「やっぱり行くか・・・」

「時間ないけど・・

ちょっとだけでも・・・」

そんな想いが

もたげて来てしまいました(笑)

吉川元春館跡の土塁。

この横を通って、戦国の庭歴史館へ。

速歩き、

いや駆け足(笑)で、建物へ。

時間はなくとも写真は撮るのが癖(笑)

ウェルカムボード的な案内。

「絶対年代」を持つ遺物群は、

全国的にも数少なく、

たいへん貴重なものです。

この収蔵室に保管してある遺物が、

全国の遺跡・遺物の年代を決める

基準のひとつになります。」

このように書かれ、

ここで僕は、「絶対年代」という言葉を

初めて知りました。

これで一つ大人になったかな(笑)

サプライズな歓迎

いきなり来館者のテンションを

上げてくれるのが、こちらです。

吉川元春と吉川広家の甲冑が

陣幕の前に置かれています。

そして、少し近づくと・・・

「ボッ」と

いきなり篝火が灯されます!!

ホログラムのようにも見えますが、

こんな仕掛けで、

益々テンションアップですね。

素晴らしいぞ戦国の庭歴史館!

「三つ引両紋とききょう・なでしこの陣幕」

には、深い意味があったのです。

案内によると、

「ききょうは館内で出土した

木札に墨書きされており

ききょうが贈り物として

届けられた事がわかります。

また、なでしこは

九州の遠征先で病死した元春を

長男の元長がその死を悼み

詠んだ和歌に登場します。

~立ならふ其一本は折はてて

つれなく跡は残るなてしこ~」

このよに書かれています。

感情を揺さぶられるような

ストーリーが散りばめられた陣幕、

素晴らしいとしか言いようがありません。

企画展

本展示に行く前に釘付けになったのが、

毛利家の繁栄の影で、命を奪われた

一人の人物のお墓についての企画展です。

「伝 吉川興経首塚を掘る!」

この表題だけで、

ぐっと引き込まれます。

吉川興経とは、

毛利元就の次男、元春が、

吉川家の養子になった時、

強制的に隠居させられ、

そのすぐ後、

毛利氏によって謀殺され

いわば、非業の死を遂げた人です。

墓所略測図の左上に

「犬墓」とありますが、

これについては、

「興経の愛犬が、

殺された主人の首をくわえ

小倉山城に帰る途上、

この地で息絶え首が転がり落ちた場所に

葬られた。

ゆえに主人の墓の上方に犬墓がある」

このような説明がされています。

こんなお墓、見たことありませんね!

文政三年(1820)に

岩国藩から藩士が派遣され、

吉川氏ゆかりの場所の

絵図を作成しています。

(吉川氏は関ケ原の戦い後、

岩国藩の当主となっていた)

絵図中、興経墓の拡大図。

文政十年(1827)に

岩国藩主が当地にある祖先の諸墓を

修理させた時の興経墓の絵図。

それにしても岩国藩は、

祖先の墓などを大切に扱っていますね。

やはり、興経には、

それなりの後ろめたさが

残っていたのかも知れません。

修復後の墓。

展示場

次はメイン会場。

吉川氏の勢力拡大。

毛利氏が吉川氏を飲み込んだのは、

この勢力図で一目瞭然ですね。

日下城下のにぎわい。

小倉山城跡の調査と整備。

小倉山城は、

日山城築城前の吉川氏の城。

かなり綺麗に整備されているようですね。

万徳院跡の調査と整備。

吉川元春館跡を散策後、

この万徳院跡に行きましたが、

ここも素晴らしく整備されていました。

造園技術。

土木技術。

ここでの注目は、

吉川元春館跡の

石垣を作った石垣職人は、

宮島の厳島神社の石垣を作った職人と、

特徴が似ているということです。

また、厳島神社に行かないと!(笑)

衣食住。

衣食住で注目はトイレ(笑)

素晴らしい!

便所桶までが発掘されています。

おまじない、遊び。

殿様の食事風景。

ジオラマ

最後に吉川元春館跡のジオラマへ。

現在の吉川元春館跡の写真。

そして、これがジオラマになると・・・

素晴らしい!

やはりジオラマ、いいですね。

右側面。

石切場の跡もあって、

ここは今と同じ風景です。

これで、予備知識をインプット?

いや10分間なので、

「イン」ぐらいかな(笑)

この後は、いよいよ

吉川元春館跡の散策へと向かいます。

 

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