長門豊川稲荷(山口県長門市)
大寧寺のお稲荷さん
お稲荷さんと言えば、
赤い鳥居がシンボルの
稲荷神社を思い起こしますが、
お寺にも稲荷さんは多くあります。
大寧寺境内に鎮座する
長門豊川稲荷は昭和36年に
愛知県の豊川稲荷から
迎えられています。
Wikipediaで調べると
「明治維新期の住職、
四十五世簣運泰成は七卿落ちで
京都より落ち延びていた
三条実美を保護したが、
廃仏毀釈に反対し、
明治2年に発生した
奇兵隊脱退騒動の
処断に抗議して連座することとなり、
山口を脱出し愛知の
豊川稲荷に落ち延びた」
このように書かれていて、
この時の縁があったことで、
大寧寺に豊川稲荷が、
建てられたようです。
長門豊川稲荷へ
長門豊川稲荷は、
大寧寺境内の
奥の方に鎮座しています。
入り口には鳥居があり、
一瞬、神社かと思ってしまいますが、
神仏分離までは、お寺に鳥居は
当たり前にあったようですし、
今でもお寺で鳥居は見かけますね。
扁額には「長門豊川閣」の文字。
参道。
赤い鳥居。
ここから中へ。
手水舎。
お手水の作法は、
仏教も神道も同じです。
御社殿ではなくお堂というのでしょう。
正面。
清々しい境内。
狛狐は意外と大きい。
こちらは吽形。
お堂へ。
参拝。
唐破風の向拝と狛犬、木鼻、
鈴と基本は神社と同じ風景です。
狛犬の表情が人間みたいだと
妻が言っていました。
吽形。
ご本尊は、
吒枳尼真天(だきにしんてん)。
こんな親切に説明が書かれていると
知識の無い僕はホントに助かります。
左側面。
人形堂。
本尊は慈母観世音菩薩。
人形や玩具の供養も
ここで行われるようです。
ツーショットで参拝完了。
古いものと新しいもの
長門豊川稲荷では、
新旧ふたつの気になるものを
見つけました。
まずは、古いものから。
六地蔵でしょうか?
見るからに歴史を感じさせてくれる
素晴らしい燈籠ですね!
境内の片隅に目立つことなく、
ひっそりと置かれていますが、
僕にとっては、お稲荷様と同じくらい
有り難いものでした。
そして、新しいものがこちらです。
「大福満願狐像」
令和元年十二月の建立ですから
出来てまだ半年ほどの新品です。
十六羅漢
本堂への参道の起点である
盤石橋近くに
十六羅漢の像があったので、
最後にそこを訪れてみました。
長門豊川稲荷の参拝を終えて、
参道を歩き、目的地へ。
大寧寺の境内の道の両端には
至る所に仏様(お地蔵様)がいて、
本当に心が和みます。
十六羅漢
「釈迦三尊及び十六羅漢像」の案内。
県道取付工事のためなど、
元の場所から二度、移設され、
今は、ここにあります。
毛利家の永代家老、益田氏の名が
燈籠に刻まれていることから、
この十六羅漢建立に
関与していたのではと書かれていますが、
僕は燈籠を見逃していました(汗)。
これで、広大な
大寧寺境内の散策は完了し、
次なる目的地、赤崎神社へと向かいます。