南豫護國神社(愛媛県宇和島市)

 

狛犬に注目

宇和島城の縄張りの中の一角に

南豫護國神社は鎮座しています。

大正3年に創建され、

鶴島神社と称して藩主たちを祀っていた

この神社は、先の大戦で空襲により

本殿、拝殿は焼けてしまい、

昭和30年に南豫護國神社として

再建されたそうです。

しかし、石で出来た狛犬などは、

創建当初のまま残っていて、

その一対は、今話題となっている

有名な方の寄進でした。

御社殿へ

宇和島城の搦手(裏側)、

上り立ち門から歩いて、1分ほどで、

南豫護国神社の入口が見えて来ます。

扁額には「南豫護國宮」の文字。

9代目当主、

伊達宗陳(むねのぶ)夫妻が

大正3年4月15日に

寄進されたと刻まれています。

石段。

鳥居と同じ日、

大正3年4月15日の建立です。

吽形。

境内の風景。

この石段を上がると御社殿です。

拝殿が見えて来ました。

そして、何気に狛犬を撮影・・・

阿形。

旅の後になって、

「宇和島歴史文化の

結い人Project」が発行している

「お城下歴史探訪マップ」で

知ったことですが、

なんと拝殿前に鎮座するこの狛犬は、

新しい1万円札の顔、

「渋沢栄一」の寄進でした。

吽形も渋沢さんの寄進(笑)

意外な隠れ渋沢スポットかも?

狛犬をさすると

一万円が増えるというご利益とか・・・

いえ、俗世間まみれの考えは

いけませんね(笑)

拝殿にて参拝。

本殿。

記念撮影。

境内を散策。

境内社、生目神社。

ニューギニア方面戦没者慰霊碑。

亡くなった方の多くは、

餓死だったというニューギニア戦線・・・

(他の戦線も同じ感じですが・・・)

アメリカ軍の補給への

あくなき執念とは正反対に

「補給」という観念が無かった日本軍は、

敵と戦う前に

自分の胃袋に勝てなかったのです・・

無謀な作戦を強要され亡くなった

御英霊の方々に合掌。

維新三功臣の碑。

最初に9代当主、

伊達宗陳(むねのぶ)の名が

刻まれているので、

この方の建立でしょうか・・。

三功臣の名前は、

伊能友鴎(いのうゆうおう)

得能亜斯登(とくのうあすと)

都築温 (つづきあつし)

の三人です。

8代藩主、伊達宗城を補佐して、

大政奉還などに寄与した方々で、

碑文の中には、

薩摩藩の小松帯刀も登場しています。

神社を後に、次は、

天赦園の白藤へと向かいます。

 

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