中津城の旅(前編)

 

黒田官兵衛の城

中津城の城主で有名なのは黒田官兵衛。

というか僕はその名前しか知りませんでした。

しかし、中津城は城主も変遷していますし、

エピソードも多いお城ということが今回の訪問でわかったのです。

僕たちの中津城見学は、天守閣を含む「お城」の部分と

敷地内の神社6社に参拝する「神社」と

中津城で無念の最後を遂げた「城井鎮房」(きいしげふさ)と

その家臣達ゆかりの地の部分の3つ

前編ではお城、後編では神社と城井鎮房を書きます。

中津城へ

何度か書いていますが、僕が生まれて初めて

お城に興味を持ったのは今年のはじめ57歳の時で

お城訪問を記録出来る攻城団というサイトに出会ってから。

それまでは、黒田官兵衛は知っていても城井鎮房という人物は

僕の知識に全く存在しなかったし、

その鎮魂のために建てられた神社が中津城にあるというのも

もちろん知りませんでした。

さて、中津城の駐車場入口です。

中津城の駐車場には、以前やっていたウエディングドレスの販売業の時

何度も来ていたのに中津城は見た事もありません…

その時は弁当食べて、昼寝する絶好の場所としての

中津城の駐車場でしたから(笑)

駐車場の前面は立派な石垣のある堀に囲まれています。

こうして見ると、なんだか昔のままのようですが、実は回りには電線や電柱など

映り込ませたくない建造物がたくさんです(笑)

そして、城内へ。

入口付近には案内がありました。

ここは扇形の石垣があり、その後、石垣の一部を入口が作られ、

そして、今のように石垣を寸断して通路にしたようです。

石垣を見てテンションが上がります。

三斎池(さんさいいけ)

黒田官兵衛の次の城主、細川忠興(ほそかわただおき)による水道工事で作られた池で、

山国川の太井出堰(おおいでせき)から水道を城内まで導く大工事だったと説明にありました。

細川忠興の号(よび名)「三斎」をとって「三斎池」というそうです。

手入れも行き届いて、気持ち良い池でした。

見えました、中津城。

顔出しパネルもあります(笑)

観光地によくある顔出しパネル、顔を出す穴の数より人数が少ない場合

なんかお間抜けな写真になりますが、

顔出しの穴にはめ込み用の「顔」を準備してくれたらいいのにといつも思います。

鎖かなにかでつないでおいて、取り外しが簡単なように….

お堀から撮影。

模擬天守ですが、デザインも色も良い雰囲気です!

少し移動した場所から撮影。

どのアングルも絵になる中津城。

二種類の石垣

右が黒田時代、左が細川時代の石垣だそうです。

詳しくは案内をご覧ください。

簡単にまとめると、この時代の石垣は自然石を

そのまま積み上げた左の細川タイプが主流だったが

黒田のは上流にあった古代の石垣を加工して作っているというもの。

中津城をバックに仲良く並んでいる黒田官兵衛夫婦もいましたよ!

対岸から中津城を撮影

岸辺には白鷺ちゃんもいました。

対岸に見える石垣も右が黒田の古代山城の石垣で、左が細川流。

真ん中の小さい石垣は元々鉄扉門があったところだそうです。

こちらの写真は右が細川流、左が黒田流古代山城の石。

屋根瓦の打ち出の小槌が気になりました。

堀とお城をバックにツーショット

ずっと外観ばかりでしたが、やっと天守閣に登りました。

予想通り素敵な眺めです。

色んな展示物がありましたが、いつも撮り損ないます…

あまり興味がないのかも知れませんが、そのうち

何かのきっかけで、展示物に興味がわいてくる日が

あるかもですね…お城自体もそうでしたが(笑)

今日の癒し

お堀に住んでいるガチョウと鴨。

三羽で仲良くのんびりと石垣の前を泳いでいる姿に癒されました!

 

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