大己貴神社(福岡県筑前町)前編

 

愛称は「おんがさま」

神社でいただいたパンフレットによると、

「当社の古名『大神社』は、

“おおみわのやしろ”と読むのは

難しく、地域の方々は

当神社を漢字をそのままに

“おおがみさま”と呼んでいました。

それが時を経て訛って

“おんがさま”と

呼ばれるようになりました。」

このように詳しく説明されています。

実際に、

Google Mapで「おんがさま」と

検索すると、

福岡県朝倉郡筑前町の

大己貴(おおなむち)神社が

表示されます。

しかも地図上には、

「大己貴神社(おんがさま)」と

愛称までが書かれていて、

いかに、この神社さんが、

地域の人々から親しまれ、

崇敬されているのかが

伺い知れますね。

僕もその愛称に敬意を表し、

以下「おんがさま」と

書かせていただきます。

おんがさまへ

僕の住んでいる福岡県古賀市から

一般道を使い、

車で約1時間ちょっとで、

おんがさまに到着です。

社頭。

何だか左側の大きな石碑?が

気になります。

「幸神」。

こうしん?さちがみ?

読み方がわからずネットで調べてみると

「さえのかみ」と読み、

夫婦和合、子宝祈の神とする説と、

「しゃちがみ」と読み、

狩猟の幸運を

授けてくれる神様という説の

2つを見つけました。

結論は「どっちも」でいいかな(笑)

横には「寛政元年」の文字が

刻まれていますので、

西暦では1789年、

今から230年も前に

寄進されたものです。

いきなり古いものに出会い

気分も高揚してきますね!

一の鳥居の神額には、

「大神大明神」の文字。

「おおみわだいみょうじん」

と読むのでしょう。

そして、鳥居を見上げていたら、

上空を一羽のサギちゃんが

飛び去っていくではありませんか!

お~幸先良い~!

幸神はこの事だったのかな?(笑)

戦前の社格は縣社。

二の鳥居へ。

おんがさまの御由緒。

ここに書かれている文章よりも

パンフレットの方が分かりやすいので

それを一部抜粋してみます。

「大己貴神社の歴史は古く、

日本書紀を始めとする歴史書多数に

掲載されています。」

「九二七年制定の法令書、

『延喜式』巻十[神名帳]には、

筑前国の十一社のうちの

一社に数えられ(中略)

古くより大変由緒のある

神社であります。」

「西暦二百年頃[仲哀天皇九年]

神功皇后が、(中略)

新羅征討を起こすにあたり

兵を募ったが集まらず

困っていたところ、

大神社“おおみわのやしろ”

(または大三輪社と記載し)を建て、

太刀や矛を奉納したところ、

兵が集まったと『日本書紀』に

記載されています。」

このように書かれています。

奈良県の大神神社

(おおみわじんじゃ)の御祭神が、

大己貴神の和魂(にぎみたま)である

大物主大神である事と、

おんがさまの御由緒に出てきた、

「大神、大三輪」の文字とが、

なにか関連がありそうな気もします。

(個人的な感想で根拠は無し)

境内案内図。

素晴らしいとしか

言いようがないくらい、

シンプルで分かりやすく、

宮司さんの優しい人柄がこの案内に

にじみでています。

三の鳥居。

文化五年(1805年)建立の

芭蕉の句碑。

句碑の反対側には、

日露戦争・・読めません(汗)

慰霊碑的なものでしょうか。

注連縄柱の先に石橋が見えて来ます。

鉄製の手すりは後付でしょうか?

手水舎。

自然石をくり抜いた、

趣のある手水鉢で、

嘉永七年(1854年)の寄進です。

横から見ると、

三角形をしていて、

お洒落なデザインですね。

木漏れ日の中の参道。

もうすぐ御社殿。

拝殿が見えて来ました。

燈籠は、萬延元年

(1860年)の寄進です。

対になる左側の燈籠。

さらに進みます。

もうすぐ拝殿ですが、

ここで、またまた古いものを発見。

嘉永六年(1853年)寄進の狛犬。

吽形。

そして、こちら、

全周囲、盃状穴だらけの台座に

思わず興奮してしまいました(笑)

この燈籠には、

享和二年壬戌の文字が

刻まれています。

西暦で言うと1802年ですから

こちらも220年近く昔のものですね。

ようやく(笑)参拝。

極彩色の龍神様の彫刻が素晴らしい!

裏側もちゃんと龍がいますね。

拝殿内で注目したのは、

両脇の随神様と狛犬です。

右側の阿形。

左側の吽形。

神紋は、左三つ巴と菊。

菊の方は名前がわかりませんが・・・。

そして、次なる注目は、こちらです。

見るからに渋い賽銭箱。

綺麗に塗り直されていますが、

作りや、文字の形など、

歴史を感じさせてくれます。

いつごろ奉納されたのかと

脇を見てみると・・・

ありました!

天保五年(1834年)です。

そのころは、寛永通宝などが、

これに投げ込まれていたのでしょう・・・

そう考えると、凄いものなんですよね!

感慨にふけってしまいましたが、

あまり賽銭箱を舐めるように見ていたら

賽銭泥棒と間違われそうなので(汗)、

写真を撮って、本殿へ。

左から拝殿、幣殿、本殿。

この後、社務所で、

御朱印をいただき、

ふたたび御社殿を見てみると、

素晴らし光景が!!

御社殿の上に龍神様のような雲が!

昇り龍ですね!

御社殿の彫刻も龍神様だったし、

なにかの引合せでしょうか?

勝手な思い込みでも、

幸運だと感じるのが僕たちの習慣、

身に起きた事は全部、

良い方にしか考えませんから(笑)

授与していただいた

素晴らしい御朱印、

パンフレットとともにツーショット。

御朱印を書かれたのは、

恐らく宮司さんだったのでしょうが、

僕が境内の案内図で感じた通りの

素敵な方でしたよ!(後編へつづく)

 

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