大斎原(2019年夏旅)

 

もう一つの熊野本宮大社

山の上にある熊野本宮大社ですが、

明治22年(1889年)の

大洪水で流され現在地に移転するまでは、

創建からずっと

熊野川・音無川・岩田川の合流点にある

中洲に鎮座していました。

その旧社地が、大斎原(おおゆのはら)と

呼ばれる場所で、現在の神社からは

徒歩10分ほどの場所にあります。

熊野本宮大社に参拝したならば

やはりその元宮的な場所である

大斎原は外せない場所でしょう。

大斎原へ

熊野本宮大社の参道脇には、

「旧御本宮御社殿絵図」

というものがあります。

神社境内にある旧社地の俯瞰図で、

確かに中洲に鎮座しています。

熊野本宮大社のサイトによると

「当時、約1万1千坪の境内に

五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や

能舞台など、現在の数倍の

規模だったそうです。」

と書かれていますから

その神域たるや、

想像を絶するものだったようです。

冒頭に書きました明治22年の水害で、

流出を免れた上四社と言われる

三殿が現在の熊野本宮大社で、

再建されなかった、中・下四社は

大斎原に石祠として残されています。

一の鳥居付近の案内。

ここから出発。

大きな鳥居が見えて来ると

ここにいるだけで、

何だか神聖な気分になれます。

参道をゆっくり進みます。

実際にこの時は猛暑で、

体力は著しく低下し、

汗ダラダラだったのにも関わらず、

今、写真だけ見ると爽やかさしか

感じられませんね(笑)

鳥居の神額の位置には、

熊野本宮大社のシンボル、

八咫烏が黄金に輝いて

僕たちを導いてくれます。

鳥居の大きさ比較写真。

日本一(令和元年8月現在)

高い鳥居だけあって

台座だけでも妻の身長の倍近くあります。

昨年僕たちは日本で二番目に高い

大神神社(おおみわじんじゃ)

鳥居にも行っていますので、

これで、高い鳥居制覇(笑)も

上位2つは完了です。

「日本第一大鳥居建立の意義」

手水鉢。

玉に書かれた「魂」、

鉢の横に書かれた

「蘇」の一文字が、この場所の

意味を伝えてくれます。

そして、この時妻の頭が

暑くてたまらないという事だったので、

勝手に神様にお許しをいただき(笑)

お手水でハンカチを

濡らさせてもらいました。

お蔭で妻は生き返ったようで、

やはり「魂の」、「蘇り」の聖地ですね!

ここから先は

撮影禁止なので、

写真はここまでです。

大斎原は、熊野本宮大社の

旧社地というだけではなく

今生きる僕たちに活力を与えてくれる

力強い聖地でした。

 

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