猿島探検/高角砲台・展望所
横須賀のポテンシャル
猿島には、明治時代の兵舎
大砲の弾薬庫、
昭和時代に出来た高角砲台などが、
当時のまま残っていて、
空襲の跡や機銃痕などの
案内も見かけませんでしたが、
実際には猿島でも
空襲時に死傷者が、
数名出ているようです。
しかし何故ここが、
米軍の主要攻撃目標とならなかったのか?
それは、
僕たちが猿島を楽しく探検出来るよう、
アメリカさんが配慮した・・・
のではなく、
横須賀の街自体が絨毯爆撃の対象とならず、
地区全体としての被害が、
他の主要都市に比べ格段に少なかったから、
それに付随して猿島要塞も
あまり被害が無かったのでしょう。
ただ、
大きな海軍基地や工廠があったのに、
米軍が攻撃意欲に欠けていたのは、
ちょっと謎です。
また、「戦後、横須賀を
米軍の港として使うのを見越し、
温存する為に爆撃を控えた」
というお話は、
根も葉もないの都市伝説のようですので、
単純に、
「運が良かった」だけかも知れません。
ただ、
「運も実力のうち」と言いますから
横須賀のポテンシャル、
相当に高いものです・・よ!
高角砲台(その2)
猿島の高角砲台は
地図で見る限り全部で6箇所あり、
最初に行った東南端の高角砲台は
遠くから見るだけでしたが、
そのほかの台座は全て「体験」可能です。

ここは樹木の切通し(笑)

妻が好みの木を発見!
このひねひね感が、
たまらんそうです(笑)

記念に妻とツーショット。

今度の砲台は、
猿島の中央部あたりに位置しています。

お〜ここは本格的ですよ!
ただし、戦後80年以上経つと、
高角砲台は巨大植木鉢になってますね(笑)

兵士になりきり高角砲を撃つ妻!
こんな「ごっこ」が出来るのは、
日本が平和な証拠、
歴史を紡いでくださった先人へ、
改めて感謝です・・・
展望所
次に展望所へ。

ここもまた樹木の切通しです。

お〜なんか開けてきた〜!

青い海、青い空、
もう期待感しかありません!

なんと富士山発見!

こりゃ〜素晴らしい!
船上から見た時よりも
ここはかなり高い位置なので、
山裾までもが見えていますよ!

さらにズームして富士山を撮影。
富士山って、
ただ見られただけで、
何故か心が満たされますね!

横浜側を撮影。

ズームすると
横浜ランドマークタワーなども
しっかり見えています。
動画でも撮影。

富士山と一緒に撮影し、
展望台を後にします。
高角砲台(その3・4)
展望台から島の北側へ。

整備された階段。

今度は登り。

到着。

ここには砲台が二つあります。

一つ目で「高射砲ごっこ」する妻。

こちらが二つ目の高射砲台です。
台場跡
猿島には江戸時代の遺構もあり、
それが島の北西側にある台場跡です。

島の道は、ほぼ切通しですね。

台場跡に到着。

以下、案内です。
「この付近の斜面一帯には
江戸時代後期に建設された砲台である
卯の崎台場があり、
江戸幕府が異国船の江戸侵入を抑えるため
島の3カ所に建設した台場のうちの一つで、
弘化4(1847)年に完成した。
ここ卯の崎台場には3門の大砲が据えられ、
普段は雨覆いがかけられていた。
そのあと寛永6(1853)年には
ペリー提督が黒船を率いて猿島の脇を通過し、
その際に猿島を「ペリーアイランド」と
命名したと伝えられている。」

「卯の崎広場のパノラマ」

東京方面。

東京〜千葉方面。

房総半島もクッキリ見えてます。

ここで秘密兵器登場(笑)

お〜スカイツリーも見えた〜!

もちろん横浜もバッチリです。
(続く)