白州灯台岩松翁記念塔(北九州市)

 

自分の事より他人の幸せ

旅をしていると

「江戸時代、庄屋○○が、

全財産を投じ○○を造った事で

田畑は潤い住民の生活は安定した」

こんなストーリーに出会うことが

しばしばあります。

私財で公共のものを造るとは、

本当に頭が下がるし、

自分の事より、

他人の幸せのためを思える心自体、

凄いことですが、

今回訪問した、小倉城には、

私財で灯台を造った、

岩松助左衛門という庄屋を顕彰する

顕彰碑ならぬ「顕彰灯台」があるのです。

お城の中に灯台があるなんて、

全国でも小倉城だけかも知れませんね。

灯台へ

この日最初の目的は、

小倉城天守への入場ですが

その前に気になっていた、

「灯台」へと足を運びます。

松の丸の端っこに建つのが

目的の灯台です。

正面。

冒頭に書いた

岩松助左衛門の業績が

詳しく綴られていますが、

文字だけだと、

途中で読む気力が失せるので(汗)

もう一つの写真と絵が付いた案内を

見てみることに。

やはりこちらが良いな(笑)

一部を抜粋すると、

「小倉藩沖の「白洲」と呼ばれていた

岩礁地帯は、遭難が後を絶たず

「西国一の魔の海」と

当時の船頭たちに恐れられていました。

この海の難所から船を守るため、

私財を投げ出し幾多の苦難を乗り越え、

灯台建設に力を尽くしたのが、

長浜浦の庄屋だった

岩松助左衛門です。

助左衛門の思いは名誉や私利私欲ではなく、

ただ「世のため、人のため」に尽きます。

その後、灯台の建設工事は

明治政府に引き継がれ、

明治六年完成しましたが、

助左衛門自身は、灯台の明かりを見ることなく

その前年に亡くなりました。」

このように書かれています。

白州灯台地図を拡大。

やはり漫画でみるのが

わかり易さは一番。

灯台の左側面。

右側面(出入り口側)

石に刻まれた普通の顕彰碑では、

恐らく僕はここに来ていなかったでしょう。

やはり、「業績を可視化する」ことこそ、

偉業を伝える最高の手段ですね!

 

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