2018/07/22

豊功(とよこと)神社(山口県下関市)

 

境内社から独立した神社

独立した神社が、

合祀などにより大きな神社の

境内社の一つになることは、

星の数ほどありますが、

元々は境内社だったものが、

独立した一つの神社になるのは、

少し珍しいことかも知れません。

その少ない中でも一番有名な例は、

毎年ニュース報道も多い、

「十日戎開門神事福男選び」で有名な

西宮神社です。

平安時代に廣田神社の

末社、境外摂社だったものが、

崇敬も篤くなり独立した神社になり

前述の福男選びのお陰で、

今では廣田神社よりもはるかに?

有名になっています(笑)

あっ、廣田神社は

阪神タイガースファンには

超有名なはずです。

監督、選手は毎年必勝祈願に

参拝しているようなので(笑)

前置きが長くなりましたが、

ここ豊功神社もまた、

元は、同じ下関長府に鎮座する

忌宮(いみのみや)神社の

ひとつの境内社だったものが、

今の場所に独立して祀られたのです。

豊功神社へ

長府藩の藩校だった

敬業館(けいぎょうかん)。

その敬業館が今は、豊浦高校と

なっていて、その高校を過ぎると

そこには長府藩、毛利家の

居城(館)であった

櫛崎城の跡があります。

その北の一角に鎮座するのが、

豊功神社です。

神額が付いていない一の鳥居。

しかし鳥居の右側には

神額よりも大きく目立つ

社名碑があるので、不要かも(笑)

二の鳥居にも神額はありません…

鳥居の前には狛犬が。

新しそうなデザインですが、

よく見ると、

江戸時代末期の安政6年(1859年)

の建立でした。

ご由緒。

「豊功」とは、江戸時代末期、

藩祖、毛利元秀の霊祠に

「豊功大明神」の称号が許され、

その名前から

今の豊功神社になったのです。

昭和44年に前の社殿が火事で全焼、

その後、平成13年に

この社殿が建てられたそうです。

その間、

昭和44年(1969年)から

平成13年(2001年)までの

30年以上が仮本殿だったと

書いてありますが、

そんなに長い間、

再建しない(出来ない?)なんて、

やはり色んな事情が

あったのでしょうね…

気になるのが、

ねぶた絵馬堂。

「御祭神と、津軽のご縁による」

そう書いてありますが、

どんなご縁か知りたいものですね。

拝殿。

参拝。

左が拝殿、右奥が本殿、

その横は、ねぶた絵馬堂かな?

拝殿向かって右の壁には、

長府藩祖毛利秀元公の尊影。

左の壁には、

御遷座85年祭に出現の龍神様。

出現したのか!!龍神様!

その龍神様は境内社にも

祀られています。

由来を要約すると

「神功皇后が住吉三神から

潮満、潮干の宝珠を授かり、

それがこの神社の目の前の海にある

満珠、干珠の二神島です。」

そして、

「当社は龍宮のお使いである

龍の御神徳を仰ぐ」

と書いてあります。

龍神の社。

そして、この神社の

メインスポットがこちら!

満珠、干珠展望台。

元旦の初日の出には、

多くの人が集まるそうです。

神社の沖合に浮かぶ、

満珠、干珠の二島。

う〜ん海風が心地いい〜!

ズームで撮影。

動画だと景色の良さが

もっと分かるかも。

そして、境内のこんなものも

満珠、干珠の霊験を高めてくれます。

七福神の乗った龍神様の宝船!

七福神社。

満珠、干珠に向かい参拝。

こちらは鐘を鳴らして、

満珠、干珠の

ご利益をいただきます。

妻もご利益GET!

真面目な話、この二島の林は、

国指定天然記念物となっています。

いや〜凄い島なんですね!

そして、良く読むと、

この二つの島は元々豊功神社があった

忌宮神社の境内地(飛び地)

だとのことです!

なんか、急に忌宮神社に

また参拝したくなりました(笑)

次に境内社を参拝。

櫛崎稲荷。

秋葉社、火除けの神様です。

こんな神様がいても

火事は避けられなかったのか…

功山寺で挙兵した長府藩士を

顕彰(けんしょう)する碑。

決起のとき、ここ豊功神社に

参拝しているようです。

茶?塚。

漢字が読めないのですが、

茶道具に関係するものかと

思われます。

やはりツーショットは、

満珠、干珠で!

 

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