築山神社(山口県山口市)

 

大内氏栄華の跡

お城の跡に神社が作られる例は多く、

今回訪問した築山神社と昨日書いた八坂神社は

お城とまではいきませんが、

「館」(やかた)の跡の建立されたものでした。

築山神社へ

わざわざ「築山神社へ」なんて表題は不要なほど

八坂神社のお隣にあります(笑)

ネットには八坂神社の境内社の一つのように

書かれているものもありましたが、元は別の場所にあった

「東照宮」を移設しているものだそうで、

一つの「神社」としての存在感があります。

築山神社の案内版には「築山跡平面図」付の「築山跡」の説明があります。

案内によると、

大内氏28代教弘(のりひろ)が15世紀中頃の室町時代に築いた

「築山館」の跡で、今でも土塁などの遺構が残っているそうです。

お城好きになった今の僕ならば土塁に食いついたはずですが、

まだお城などに興味がなかった1年前のこの日、「土塁」の文字さえ

目に入っていませんでした(笑)

御社殿は、隣の開放的な八坂神社とは対照的で、

森の中にひっそりとたっていて、こちらもいい感じです。

拝殿。300年近く前、1742年の建立だそうです。

御祭神は

大内義隆(おおうちよしたか)公、

徳川家康公

大内義尊(おおうちよしたか)公

大内氏諸公卿諸士28人

元は東照宮だったので大内氏だけではなく、

徳川家康も祀られているんでしょうね。

建物は痛みが激しく応急処置的な所もありますが、

やはり歴史が感じられる素朴で素敵な社殿です。

気になる木

拝殿後ろの土塁にそびえる木。

根っこが凄いのです。

異星人生命体みたいな?

それにしても力強い生命力を感じさせてくれる根っこです。

「箏曲組歌発祥之地」の石碑。

説明によると、今から500年ほど昔、大内義隆が催した歌会で

7人の若者が歌をつくりそれを連続して箏曲としたそうで、

これって、ちょっと疑問が残る逸話だけど、

ここが組歌発祥としておくので、もし間違ってたらゴメンネ!という内容でした。

今日の不思議発見

境内の石

石にはたくさんの穴が開けられています。

案内を見てみると

何故ここにこの石が置いてあるのかは書いてありませんが、

この穴は「盃状穴」(はいじょうけつ)といい

性のシンボル、死者をよみがえらせる、豊作を願うことを意味する刻印で、

山口市の「神田山石棺群」(こうだやませっかんぐん)の

箱式石棺墓の墓石に刻まれた盃状穴が最初の発見だそうです。

へ〜そうだったのか〜(笑)

 

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