恒石八幡宮(山口県宇部市)後編

 

陰徳でなくても・・・

お金持ちや幸せになるには、

陰徳を積む事。

たまに聞く言葉ですが、

僕は実行していないので、

お金持ちではありません(笑)

陰徳とは人知れず

良いことをするという意味で、

「陰徳陽報」という諺の前半部分です。

もちろん陽報はその字の通り、

めっちゃ良いことが起きるという

意味でしょう。

僕は陰徳陽報を否定はしませんが、

みんなが陰徳するぞ!

なんて思い、

神社の御社殿や、鳥居や灯籠、

狛犬などに寄進者、願主の

名前や出身地、寄進年月日などが

書かれていなければ、

僕の神社参拝は今のように

充実していないはずです。

やらない善よりやる偽善(笑)

まずは、偽善のように見えても

実行すれば、

他人はその恩恵を

享受できるかも知れないのです。

と、

そんなことを思い起こさせてくれた

恒石八幡宮なのでした(笑)

亀山神社

本殿に参拝後は、境内社である

亀山神社への参拝です。

本社拝殿の左後ろに見えてるのが、

亀山神社で、

ここは古い石造物の宝庫です。

参道。

手前の灯籠は、

文政四年(1821)の寄進。

寄進年代は消えていますが、

鳥居も古いものです。

鳥居の下に隠れるように佇む手水鉢。

周囲には盃状穴が施されていますので、

やはりこちらも江戸時代のものでしょう。

こんな素晴らしものがあるのだから

もっとフューチャーしても良いかもですよ!

手水鉢横の灯籠。

対になる側。

文化四丁卯歳(1807)と

刻まれています。

嘉永五年(1852)寄進の狛犬。

吽形。

山口でよく見られる表情ですね。

参拝。

神社の御由緒書きによると

「明治年間、棚井中鎮座の

大歳社を境内末社として奉斎した。

その社殿は持世寺鎮座の

広矛神社を本社に

合祀移転せしむものなり」

このように書かれています。

亀山神社左側の

神祠、記念碑にも参拝。

裏参道

参拝後、

恒石八幡宮の見所の一つ、

裏参道へ。

本殿横から社頭方面へ。

裏参道の起点。

大正八年七月の文字の下には、

「岸田昌介」と刻まれています。

先に参拝した

厚東護国神社の奉安殿(本殿)を

寄進された方と同じですね!

左右の灯籠の寄進者を

確認するのを忘れた(汗)

素晴らしい気を貰える裏参道。

ここは大正時代から

変わっていないようです。

裏参道の鋪石(しきいし)を

奉納されたのも

先程の岸田昌介さんと

その長男さんでした!

恐らく100年近く前の

地元の有志の方でしょうが、

僕たちがこうして神社を楽しめるのも

この方のお陰。

そんな事から、

冒頭の気持ちになったという訳です(笑)

岸田さんには、

ただ感謝しかありませんね!

参道の最後には、

大正~昭和にかけて

流行った?タイプの

灯籠が寄進されています。

拝殿前に戻ってツーショット。

これにて

恒石八幡宮参拝は完了です。

 

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