若宮稲荷神社(長崎市)

 

幕末の志士が崇敬した神社

若宮稲荷神社の神様は、

南北朝時代の忠臣、

楠木正成公の守護神だった事で、

勤王神社とも言われ、

幕末の志士たちの多くが、

この神社に参拝していたようです。

亀山社中から歩いて数分の場所で、

坂本龍馬が亀山社中の場所を決めた時、

この神社の近くであった事も

一つの要因だったかも知れません。

(あくまでも推測)

若宮稲荷神社へ

亀山社中資料展示場

すぐそばに若宮稲荷神社は

鎮座しています。

男狐、女狐の面をつけた若者が

高さ10mの竹の上で曲芸を披露する

「竹ン芸」というお祭りが

有名だそうです。

龍馬も渡ったであろう太鼓橋。

太鼓橋の向こうには、

亀山社中資料展示場が見えています。

太鼓橋を渡って境内へ。

幟には、「勤王稲荷大明神」

と染め抜かれていて、

しかも楠木正成の家紋である

「菊水」までが付いています。

ちなみにこの菊水、

楠木正成公への崇敬からか、

戦争中は海軍などの艦船にも

多く使われていました。

その一例が、回天という人間魚雷です。

これです。

回天の事をこれ以上書くと、

違う話題になるので、

リンクだけ貼って、

神社に戻ります(笑)

案内板。

ここからすぐ前には拝殿があり

すぐにでも参拝は可能ですが、

僕はやはりいつものように

表参道を初めから歩きたいので、

まずは下っていきます。

長崎は坂の町、

なので、この神社の参道も

かるか坂の下から続いていました。

ただ、そこまで下ってから

改めて上る体力が無いことを悟り

途中の鳥居から参道を歩く事に(汗)

江戸時代中頃に、

長崎奉行の細井因幡守安明が、

開削した参道を進みます。

参道もさることながら

横の石垣も立派に作られています。

こんな高い場所まで石を運んだ人足、

さぞかし大変だったことでしょう。

もうすぐ社殿。

明治時代になってから

「伊良林稲荷神社」と

改名されたそうですが、

いつの間にか、若宮稲荷神社に

戻ったようです。

拝殿へ。

手水舎。

手水鉢の奥には、

苔むした岩が見えます。

お〜凄い!

手水鉢に溜まっている水は

すべて岩から滴り落ちる

「しずく」でした!

岩の側面には御由緒書きと

これを寄進した人の

名前が刻まれています。

この岩から奥に進む石段もありますが、

立入り禁止となっていたので、

写真撮影のみ。

ようやく拝殿にて参拝。

「薩長同盟おみくじ」

観光客目当てと知りながら、

やってみるのが僕たち(笑)

妻が引きます。

神様にすがっていいよ!

そんな内容でした(笑)

本殿も長い回廊で繋がれた

岩の上にあります。

宮司さんから御朱印を貰ったとき、

「ここは岩の上に出来た神社です」

そう言われていたのを思い出し納得。

こちらが御朱印。

稲荷神社(五穀豊穣の神)だけあって、

稲穂の印が押してありますね。

それとともに、下の印には、

「伊良林」の文字もあります。

そして、次にこの神社の目玉?

坂本龍馬之像を見学。

ここから500mくらいの場所にある

風頭(かぜがしら)公園にある

大きな坂本龍馬像の

原型になったもので、

作者の山崎和國氏が寄贈したと

書いてありました。

案内版。

案内によると

『坂本龍馬も楠木正成を崇拝し、

正成最後の地である湊川では、

「月と日の むかしをしのぶ

みなと川 流れて清き 菊の下水」

という歌を詠んでいます。

また、写真には

正成所持の刀を模して作らせた

と言われる脇差しを差して写っています。』

こんな事が書かれていました。

境内社の「岩戸神社」

確かに岩だらけのこの場所には

ふさわしい神様ですね。

御神木。

何の木かは不明です。

これで、メインの境内散策を終え、

次にこの境内の横にある

もう一つの参道に向かいます。

太鼓橋を渡って戻りると

左側の少し奥にも

同じく「稲荷社」があります。

こちらがもう一つの参道です。

左の祠は、

お地蔵さんか仏様のようで、

ひょっとすると神仏習合時代の

お寺の名残なのかと想像しながら

参道を進みます。

すると、案内書きが。

方形の鳥居。

文政五年、(西暦1822年)に、

長崎奉行の土方出雲守が、

奉行所内にあった稲荷社に寄進し

それを明治時代、ここに移設されたもの。

それにしても、

ご由緒に「長崎奉行」というのが

よく見られる長崎ですが、

実は、長崎市には全国でも珍しく、

江戸時代の奉行所が、

復元されていたのです!

話がまた外れそうなので、

ここは稲荷社に戻します(笑)

確かに方形(四角形)の鳥居ですね!

珍しいものに遭遇しました。

ここを進むと奥の稲荷社に着きます。

石段は、江戸時代くらいのものでしょう。

境内社。

いくつもの祠や燈籠があります。

手前はお寺のお堂っぽいもの。

石の祠群。

ここもお堂っぽい。

稲荷社に参拝。

そして、右側にある小さな祠が気になり

覗いてみると…

やぱり仏様ですね!

ここは、江戸時代までは

お寺の敷地であったと

勝手に確定しました(笑)

これにて、若宮稲荷神社の参拝は完了です。

 

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