2019/03/02

鞆の浦散策(2019年福山の旅)

 

歩く事が全て観光

鞆の浦を旅して思ったのは、

観光スポットを目指して歩くと、

その道を歩いている事態そのものが、

すでに「観光」スポットの

真っ只中にいるという事です。

それは、江戸や、明治から残る町並みや

港湾施設などがそのまま残っていて、

江戸時代とさして変わらない光景が

目の当たりに出来るからでしょう。

それに増して、その昔ながらの建築物が、

映画や、テレビドラマのロケ地ともなり

いっそうの楽しさを提供してくれているのも

見逃せません。

お弓神事へ

町の案内板で、

僕たちが鞆の浦に行った日が、

たまたま沼名前神社の年に一度の

「お弓神事」というお祭りの日と知り、

その神事が始まる午後二時を念頭に

散策を堪能した僕たちですが、そろそろ

神社に向かう時間となりました。

港の向こうには常夜燈が見えて、

のどかな景色が広がっています。

しかし、この景観が崩れる危機があったのは

つい十数年前のことでした。

目の前の海に橋を渡して

バイパスを作る計画が、

具体的に進んでいたのです・・・

確かに鞆の浦の道は江戸時代からのもので

狭いし、車のすれ違いも大変で、

渋滞も大きな問題なのは間違いありません。

しかし、バイパスが出来ていたら

この景色は「常夜燈を臨む港湾の風景」

ではなく

「海の上のバイパスを走る車の景色」

となっていたのです・・・

イコモス(国際記念物遺跡会議)の

反対も後押ししたのか、

多くの鞆の浦住民の「思い」は通じ、

計画は撤回されました。

そのお陰で、

今、この景観を楽しめる僕たちがいるのです。

「立入禁止」や「部外者入場禁止」

などの看板が無かったので、

桟橋を渡ってみました。

するとそこに見えたのは、

一羽のアオサギです。

一度は飛び去ったのですが、

すぐに近くに降り立ちました。

妻のおばあちゃんがサギちゃんになって

ここに来てくれたのでしょう・・・

住吉神社

サギちゃんに癒やされて、

元気を取り戻した(笑)僕たちが

次に通りがかったのは住吉神社。

住吉神社らしく海辺に鎮座しています。

昔の漁網についていた、

碇石(いかりいし)が、

本殿前に置かれているのも

海の神様らしい光景です。

(実はこれが碇石と知ったのは、

この後訪問した

「いろは丸展示館」での

事なのですが・・・)

そして、その手前には狛ネコが・・・?

吽形でしょうか。

この後「にゃーん」と

ネコちゃんに向かって言うと

食べ物にありつけると思ったのか、

こちらにやってきましたが、

何も持っていなかった僕たちに代わり

お隣の優しい参拝者が何か

食べさせてあげていました。

力石の説明。

沼名前神社にあったのと同じ類のものです。

吉兵衛、弥兵衛など

江戸時代の名前が刻まれているのが、

この石の歴史を物語っていますね。

澤村舩具店

鞆の浦の町を歩くと

いたるところに江戸時代風の

(実際に江戸時代のものも多い)

建物があります。

その一つが、この澤村舩具店。

調べた訳ではありませんが、

相当に古い建物のようで、

ベンガラ色がまた素敵です。

舩具と書かれているので、

漁業関係者御用達の店と思い、

中には入りませんでしたが、

後で調べると、観光客用の

お土産などもあるようでした。

次回は入ってみよう!(笑)

けすくせ宇田(おもちゃの真島)

2015年に放映された

TVドラマ「流星ワゴン」のロケ地です。

ここもレトロ感満載の素晴らしい建物です。

「けすくせ宇田」という名の

雑貨屋さんですが、

流星ワゴンで使われた時の名前

「おもちゃの真島」の

看板もしっかりと出ていました。

香川照之たちの写真は色褪せても

ドラマでの名前も出してくれて、

ロケ地を紹介してくれる姿勢には

ほんと感謝です。

清正公道

けすくせ宇田から歩いていて、

目に飛び込んできたのが、

この矢印です。

何と石に刻まれた手が

僕たちの行く方向を指さしています。

「沼名前神社はこちらです」

そんな意味の指ですね!

そして、もう一つ気になったのが、

「清正公」という文字です。

清正公と言えば、加藤清正。

何で鞆の浦に加藤清正の名があるのか

気になって調べたら、

ここから沼名前神社の手前にある

法宣寺までの道が、

清正公道と呼ばれていました。

江戸時代、法宣寺には

加藤清正を祀るお堂があり

人々が多く集まっていたそうです。

それは加藤清正が法華信仰の篤かった事で、

神として崇められていたからで、

今は法宣寺に清正のお堂は無いものの

加藤清正の像は二体あるそうです。

清正公道。

法宣寺。

正直、この前を通った時は、

加藤清正とこのお寺の関係など

全く知らず、中には入りませんでした。

やはり「また来てね~」と

鞆の浦が呼んでいますね(笑)

ささやき橋

法宣寺のすぐ前にある

山中鹿介首塚、ささやき橋伝説の案内。

ここでも山中鹿介の首塚が

目の前にあったのに撮影していません(汗)

僕が気になったのが、

ささやき橋だけだったからでしょう(笑)

悲恋物語の橋。

しかし応神天皇の時代の話なので、

1600年ほども前に

出来た橋なんでしょうか?

それは言ってはいけない大人の事情かな(笑)

今日の注目

法宣寺前で見た変圧器。

その色に注目!

自衛隊の装備品を

彷彿とさせる塗色ですよ!

何故ここで、この「色」が必要なのか?

今持って解明できず(笑)

 

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