和霊神社(愛媛県宇和島市)前編

 

怨霊を鎮める神社

和霊神社の御祭神は、

宇和島藩の家老だった

山家公頼という、

非業の死を遂げた方で、

Wikipediaを要約すると

次のような創建のいきさつです。

「宇和島藩家老・山家公頼

(通称 清兵衛)を主祭神とする。

公頼は伊達政宗の家臣であったが、

子の秀宗が宇和島藩主になり

その家老として藩政を支えた。

疲弊していた宇和島を租税軽減や

産業振興を行い、復興させた。

しかし、元和6年、藩主秀宗は公頼を

嫉妬する藩士による讒言を信じ、

公頼とその息子らを殺害させた(和霊騒動)

公頼を慕う領民たちは、そのの霊を祀った。

その後、公頼殺害に関与した者が

落雷・海難などにより次々と変死し、

また公頼の無実も判明したため、

秀宗は公頼を祀る神社を創建し、

山頼和霊神社と称した。」

御霊社あるあるのストーリーですが、

同じく無実の罪を着せられて、

九州太宰府に左遷され、

怨念を残して死んだ

菅原道真の天満宮などの

繁栄ぶりを見ると

やはり偉人は死んだとしても

最後に正義は勝つという

パターンがあるようで、

ある意味ホッとしますね(笑)

和霊神社へ

宇和島市内中心部から

少し外れた静かな場所に

和霊神社は鎮座しています。

二の鳥居。

石鳥居では日本一の大きさと

言われているそうです。

須賀川に架かる、コンクリ製ながらも

なかなか風情のある太鼓橋。

灯籠の奉納は昭和62年。

狛犬で言えば吽形の燈籠、

でも彫られている狛犬の口は

開いているような(笑)

石橋を渡って向こう岸へ。

まるで、拝殿のように

大規模な楼門。

灯籠の寄進は江戸時代、

寛延二年(1749年)。

宇和島空襲で、神社の

本殿などは全焼していますが、

さすが、石灯籠、

よくぞ空襲に耐えてくれました。

入口。

その両脇の上から

視線を感じて見てみると・・・

天狗様。

おたふく様。

ちょっとおちゃめなお顔です(笑)

魔除け的な意味なんでしょうか。

境内に入って振り返ると、

内側にも神額が掲げられていて、

こちらは「和霊社」となっています。

手水舎。

御神木の銀杏。

石段を使い上へ。

注連縄中をくぐって御社殿に向かいます。

 

文化13年(1816年)

奉納の狛犬。

吽形。足にミサンガが(笑)

拝殿前の広い境内。

ここは、僕たちだけで独占。

ブロンズ製狛犬。

吽形は角が生えています。

干支の亥の絵馬。

闘牛の町、宇和島だからか

牛っぽく見えてしまいます(笑)

参拝。

移動式?の賽銭箱。

お祭りで使う牛鬼のお面。

絵馬のトンネルをくぐり本殿方面へ。

拝殿横の船の舵。

漁師さんたちの崇敬も篤いのでしょう。

幣殿から本殿へ。

本殿左側から。

とにかく大きく、作り自体が、

立派な和霊神社です。

本殿真後ろ。

本殿左後ろ。

神輿庫。

そして、このすぐ横で

見つけたのがこの名前です。

坂本龍馬!

脱藩140年記念と書かれています。

なんで、ここに龍馬なんだろう?

と、後から調べたら、

ここ、宇和島の御霊神社を

勧請して創建されたのが、

龍馬が脱藩の奉告をした、

高知の御霊神社でした。

だから坂本龍馬なのか!

高知の分霊社(和霊神社)のことも

「坂本家守護神」と記されていますね。

ここまでで、本殿まわりの散策は完了。

ここでツーショット。

そして、御朱印。

なかなか味のある文字ですね!

平成という文字が何故か懐かしい(笑)

このあとは、境内社など

多くの見どころをめぐります。

 

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