柳川城(福岡県柳川市)

 

父の悲願を息子が成就した城

難攻不落の城として

名高い柳川城は、

数度の籠城戦に耐えています。

その一つ、

柳川城に立て篭る、龍造寺氏を

大友軍の名将とい言われた

戸次(立花)道雪、

高橋紹運らが攻めあぐね

結局落とせなかったその二年後、

秀吉の九州国割で柳川城を貰ったのは、

その戸次(立花)道雪の義理の息子であり

高橋紹運の実子である

立花宗茂だったのです。

そして、1600年、関ヶ原の戦いで

西軍についた立花宗茂は、

家康側、東軍の勝利によって

改易(取り潰し)され

浪人にまでなったのですが、

その才知と武勇の数々で、

徳川家康、秀忠、家光とも

繋がりが深くなり、

結局、関ヶ原から20年後、

また元の柳川に領国を与えられ

返り咲きしたのでした。

関ヶ原で改易された後に、

元の領地に復帰した

唯一の大名です。

このストーリーだけでも

映画化出来るかも(笑)

柳川城へ

みやま市の下庄八幡神社から再度

柳川市に戻り10分ほど走ると

柳川パーキングセンターがあり、

ここが柳川城最寄りの駐車場で、

係員はいなく、ゲートもありません。

料金の支払いは近くの「御花」(おはな)

(柳川藩主の庭園、別邸だった所)

の売店で支払うという

何とも完全に人を信用した

システムになっています(笑)

広くて初心者でも

安心なパーキングです。

そして、その前の道路横には

柳川城のお堀が残っています。

?なんか現代的な石垣ですが、

お堀にしておきます(笑)

ここを少し歩くと…

見えて来ました、

リオオリンピック銀メダルの

坂井聖人選手の横断幕が!

そして、その向こうに見える

柳川城の天守閣?

いや、天守閣は明治になって

焼けてなくなったはずですが…

歩いて行くと左に入口があります。

なんと期間限定の天守閣でした!

しかも僕たちが行った日は、

この期間内にピッタリだったので、

かなりラッキーなことですね。

案内板。

元々は蒲地氏が建てたお城で、

その後、立花氏、田中氏、

再度立花氏の居城となっています。

教育委員会作成の詳しい案内板。

城趾。

遺構はほとんど無く、

小高い丘の広場という感じです。

丘にも案内版が。

このすぐそばには、

期間限定の天守閣がそびえています。

お〜かなり立派ですね!

裏側はこんな骨組みになっています。

いや〜何もない広場より

こんなものを建ててくれると

めっちゃイメージし易くて、

素晴らしいものです。

地元では天守閣再建の気運が

高まっているようです。

ただ、ここに城を再建して、

費用対効果は

どのくらいあるのでしょうか?

天守の石垣も残っていなく、

その他の遺構も少ないのに

ただ天守閣のみを建てても

大丈夫なのかと…

まあ、僕が心配する事でもないですが(笑)

お城の跡。

広場ですね。

広場から期間限定天守閣裏側を臨む。

皮が剥がれたような木の根元に

お地蔵さんがありました。

これが何なのかは不明です。

隣の中学側の入口です。

昔の石垣なのか?

ちょっとわかりませんね…

背景はハリボテ?とは言え、

立派な柳川城でツーショット。

その後、駐車料金を支払いに

御花の売店に向かいました。

御花入口、

売店はこの右側です。

案内も撮影。

いつか来るかも…

明治初期に建てられた西洋館。

ここだけ切り取ってみると、

日本じゃないような気もしますね。

今日の癒し

八女抹茶モナカ。

天気がよくて喉が渇いていた僕たちは、

売店でアイスを購入。

抹茶好きにはたまらない味ですよ(笑)

 

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