八代宮(熊本県八代市)

 

後醍醐天皇にまつわる神社

八代城に鎮座する八代宮の主祭神は、

後醍醐天皇の皇子、護良親王(かねよししんのう)。

何でこの方が祭られているのかとWikipediaで調べてみると

護良親王は九州で足利幕府側と戦い、功績を挙げた人で、

亡くなったのは福岡県の矢部村でした。(星野村という説もあるそう)

本人がお墓は八代にしてくれと言い残したので、陵墓は八代にあります。

他にも九州各地に護良親王の墓と推定されているところはありますが、

宮内庁が認めたのはここ八代のお墓だけということでした。

なるほど〜!だから八代に護良親王は祭られているんですね。

さらにWikipedia先生曰く、

明治維新は武士から天皇が政治を取り戻したという意味において

後醍醐天皇が建武の中興と重なるものがあり、

明治維新後、建武の中興(新政)に尽力した南朝側の皇族や武将を主祭神とする

神社が建立されたそうで、これらは「建武中興十五社」と呼ばれている。

へ〜そんなグループがあったのか〜

と思って十五社のリストを見てみると、

僕は過去に八代宮以外三社も参拝していました。

その神社は次の通りです。

熊本県菊池市に鎮座する「菊池神社」

後醍醐天皇に味方した菊池一族が祭られています。

兵庫県神戸市に鎮座する「湊川神社」

有名な楠木正成最後の地に建立され、

御祭神はもちろん楠木正成です。

福井県福井市に鎮座する「藤島神社」

最後まで後醍醐天皇側だった新田義貞を祭っています。

八代宮を含め四社、全社制覇まであと十一社ですね(笑)

八代宮へ

八代城の本丸跡地に鎮座しているので、

八代城と一緒に巡ることが出来ます。

たまたま車のお祓いを終えて

神職さんが御社殿に戻る場面に遭遇しました。

やはり神社に似合いますね!

夫婦松

ロープは熊本地震の影響かと思いましたが

実は違う意味だったことがあとから分かりました。

白い手水舎。

大きな岩をくり抜いているようです。

楼門の前には沢山の燈籠が立っています。

楼門。

素晴らしく手入れが行き届いた拝殿回りです。

拝殿右斜め前から。

拝殿向かって左手には大天守、小天守などの石垣も見えます。

拝殿左斜め前から。

いつものツーショット。

戦没者の方々を祭った境内社の「霊社」

ここも扉は閉じられ、ロープで入れないようにしてあります。

これも最後に原因がわかります…

今日の貼り紙

楼門の横に貼り出してある門閉鎖の通達。

は〜…

これで各所に張られていたロープの意味が解けました。

外国人に荒らされないようにしていたんですね…

「インバウンドで経済効果アップ!!」

なんて浮かれている人には是非見て欲しい貼り紙です。

神職さんの心をここまで追いつめたものはいったい何でしょう…

僕たちが訪問した日がクルーズ船寄港日でなくて

本当に良かったです。

だって、楼門から先は入れないのですから。

 

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