八坂神社(福岡県北九州市)2018年

 

故郷の神様

江戸時代以前、

多くの藩主、領主は地元出身ではなく、

そのルーツは関東や関西など

中央政権と関わる人々でした。

薩摩(鹿児島)の島津氏や

中国地方(広島)の

毛利氏のルーツが

鎌倉(神奈川県)である事や

熊本で大人気の加藤清正も

愛知県生まれだったり、

福岡藩主になった黒田氏も

兵庫出身など、

例をあげればきりがありません。

そんな藩主達に望郷の念があったのは、

人としては当たり前の事で、

多くの藩主は出身地の神様を

勧請しています。

その神社の大祭が、地元の大切な

お祭りにもなっていたりしていて、

「無法松の一生」で有名になった

八坂神社(祇園社)の

小倉祇園太鼓もその一つです。

もし、関ヶ原の戦い後に細川忠興が、

小倉(豊前国)藩主になっていなく、

別の出身地の人だったならば、

他の違ったお祭りが

有名になったかも知れませんね(笑)

八坂神社へ

小倉城の北の丸に

八坂神社は鎮座しています。

参道入り口。

鳥居と小倉城。

楼門へ。

「豊前総鎮守」の扁額が掛かる楼門。

手水鉢の前から

八坂神社名物「フクロウ」が、

僕たちを見つめています。

そして、

手水鉢の先にある建物は

ここから見ると何の変哲もありませんが、

その屋根を見ると目をひかれます。

本丸側から屋根を撮影。

これは、いったい何でしょう?

展望室なのか、

何なのか、いまだに解明できていません。

拝殿。

本殿。

こちらも本殿(だったか?)

2年前の記憶を呼び起こしながら

書いているので、正確ではないかも(笑)

「小倉祇園社 感應院」の神額。

なんだかお寺的な名前で、

神仏習合時代の名残でしょうか?

そして、この建物の右側にある

注連縄で結界が張られた石が気になります。

古い手水鉢かな?

いや、違うような・・・

謎です。

北側の楼門。

ここを出て西小倉駅へ向かいます。

今日の癒やし

参道の楼門を背景に佇む

アオサギに癒やされました。

髭が長くて風格がある姿を

僕たちは「長老」と呼んでいます。

長老が水面すれすれに

飛び去って行く姿、

カッコいいし、また癒やされますね!

 

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