小倉城の桜(福岡県北九州市)

 

豊前国と筑前国

小倉城がある北九州市と

福岡城がある福岡市は、

同じ福岡県ですが、

江戸時代までは、

豊前国と筑前国という別の国でした。

だからなのか、

同じ福岡県でも方言が

かなり違い、北九州は

大分弁に近いものも感じられます。

ただ、このような

福岡県の成り立ちを知ったのは、

つい最近のことで、

僕がお城に興味を持ち始めてからの

お話ですけどね(笑)

小倉城へ

今から2年前の4月、

僕たちは小倉、下関へ

普通列車の旅をしました。

この旅の目的の一つは、

青春18きっぷの5枚めを

消化する事(笑)。

まずは、桜の名所でもある

小倉城へ向かいます。

小倉城の最寄り駅

JR西小倉駅で下車。

お堀から桜が見えています。

西の口門にある駐車場には何故か、

巨大な中野美奈子さんが(笑)

よく見ると丸亀市の宣伝隊のようで、

丸亀城の写真もあります。

小倉城に丸亀城が殴り込みか?

ちなみに彼女は丸亀市出身、

だから観光大使?なのかな。

西の口門附近の堀と石垣と桜。

鉄門(くろがねもん)から本丸への登城口。

天守

本丸をサラッとみて、

大手門を経由し、

天守が一番見える場所へと移動。

大手先門あたりからの天守と桜。

堀から立ち上がった

高石垣にそびえる天守は圧巻ですね!

細川忠興によって建てられた天守は、

天保八年(1837年)に焼失し

復興天守として再建されたのが、

昭和三十四年(1959年)の事。

僕の生まれた年の再建なんて

なんだかご縁を感じます(笑)

お堀に映る天守も格別です。

明智光秀の娘婿である

細川忠興が天守を造った時は、

破風の無いシンプルな外観だったのを

観光客を呼ぶには千鳥破風や

唐破風を装飾した方がいいとの理由で、

この外観になったそうです。

天守三回層にサギちゃん発見。

「小倉城下と中津口門の大石」

かつて中津口門の石垣に

使われていた大石が

ここに移設されています。

八坂神社の参道入口の

両脇で存在感を放つ大石。

右側の石は丸みを帯びています。

左側の石は、人為的に削られた部分に

「明治三十四年四月・・・」

と刻まれていて、

これは案内に書かれた、

中津口から高倉稲荷神社に

移設された年になります。

虎ノ門へ

天守を眺めたあと、

北に向かっていくと案内版があります。

なかなか分かりやすくて

素晴らしい案内版ですね。

これを見ると左側の紫川が

お堀の一端として

機能していた事がわかります。

北側の堀から天守を臨む。

東北の堀から。

虎ノ門近くから小倉城と

リバーウォーク北九州の新旧施設を撮影。

虎ノ門。

虎ノ門の桝形虎口を入った所。

ここを進むとまたもや天守が現れます。

再び天守

何度でも見たい天守(笑)

天守と桜は何枚も撮っても飽きません。

桜の窓から覗いた天守。

ツーショットもここで撮影。

多聞口門

二度目の天守から

八坂神社を参拝して、

そのまま多聞口門へ。

多聞口門から見た石垣とお堀。

多聞口門の櫓台石垣。

ハートみっけ(笑)

ここも桝形虎口です。

着見櫓。

月見櫓ではなく「着見櫓」なのは、

江戸時代、ここから沖の通航船を

監視した櫓だからでしょうか。

現在、この櫓は漬物屋さんになっていますが、

この日はお休みでした。

これで、小倉城の散策は完了です。

 

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