源頼朝生誕地(名古屋市)

 

予定外の訪問

熱田神宮の参道には、

神社の歴史を時代ごとに

詳しく案内するパネルが

並べられています。

その一つがこちら。

左端には源頼朝の絵。

頼朝さんのお母様は、

熱田神宮の大宮司の娘で、

生まれたのも熱田神宮のすぐ傍、

この案内の左下には、

写真付きでその生誕地の

紹介までされています。

が、しかし、

僕は熱田神宮を出る時、

完全にこのことは忘れていました。

何故なら、

行く気が無かったから(笑)

ところが、熱田神宮を出て、

神社の向かい側の道路を走っている時、

妻が、

「あっ!源頼朝生誕地って

書いてある!

さっき見た案内の写真と同じよ!」

そう教えてくれたので、

結果、時間は無いものの、

行ってみることに。

駐車場

一旦、生誕地の前を通り過ぎて、

大回りして、また元の場所に戻り、

源頼朝生誕地に到着。

車が止められなかったら

あきらめようと思っていたら

何と、生誕地の裏には、

駐車場があるではないですか!

頼朝公、導いてくれて有難う!

誓願寺

源頼朝生誕地は

誓願寺というお寺の一角ですが、

本堂とは少し離れた場所なので、

今回は生誕地のみの訪問です。

案内

「この地は平安時代末期、

熱田大宮司藤原氏の

別邸があったところで、

藤原季範の娘由良御前は、

源義朝の正室となり、

身ごもって久安三年(1147)

熱田の実家に帰り、

この別邸で頼朝を生んだといわれる。

享禄二年(1529)別邸跡に、

妙光尼日秀、世にいう善光上人により

誓願寺が建てられた。

妙光山と号し、西山浄土宗の寺で、

本尊は、木造阿弥陀如来坐像である。」

このように書かれています。

誓願寺の絵図。

ここに書かれている、

「頼朝公の霊社、

頼朝公産湯の池」は、

残念ながら

空襲によって破壊されています。

生誕地の石柱。

反対側には札所の石柱。

扉に三つ葉葵の紋があるのは、

ここが徳川家の紀州藩であった事と、

幼少の頃、織田家の人質となっていた

徳川家康(当時は竹千代)の教育係が、

善光上人だった事も関係しているようです。

ということは、

徳川家康ゆかりの地でもあるんですね!

凄い場所を見つけたもんですよ、

妻は(笑)

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください