舞鶴神社(宮崎県高鍋町)

 

鬼門守護

江戸時代、

秋月氏の居城だった高鍋城。

現在は舞鶴公園と命名され

町民の憩いの場として、

また観光地として、

美しく整備されています。

舞鶴神社が鎮座するのは、

そんな高鍋城跡の、

艮(うしとら)の方角、

要するに北東部分で、

お城の鬼門とされる場所。

(案内図の白丸で囲んだ所)

江戸時代さながらに

鬼門守護の神様として、

令和の世の中も舞鶴公園を

優しく見守ってくださっています。

参道

宮崎市内のホテルから直行で、

高鍋城址を目指したところ、

通りがかりでご縁をいただいた

宮崎縣護國神社宮崎神宮

参拝することとなり、

予定よりも1時間以上遅い

朝9時半ごろに到着。

石垣を楽しみつつ境内へ。

この先を右に折れ神社へ。

案内を超訳すると、

「秋月氏も舞鶴城の各所に

八幡宮、天満宮、

白山神社、財部大明神、

龍宮の神々を奉斎して、

藩の隆昌を祈念せられ

五神殿様として厚く尊崇された。

明治四年廃藩置県に際し、

現在の地に社を建て

五社を合祀して旧城名に因み

舞鶴神社と称するようになった。」

このようになります。

そして、ここにはもう一つ

案内があります。

灯籠まつりの案内。

一部を書き出すと

「舞鶴城灯籠まつりは、

高鍋藩の全盛期を築かれた

第七代藩主秋月種茂公を偲び、

種茂公の創設された

藩校「明倫堂」の教えに

明かりを灯すことを目的に始めました。

種茂公は、十八歳の若さで

「間引き」を止めさせるため、

農家の子供の三人目からは

一日米二合または

麦三合を支給するという

児童手当を世界に先がけて

行われるとともに、

産業の振興にも力を注がれ、

江戸時代の名君のひとりと

数えられています。

(中略)

舞鶴灯籠まつりでは、

秋月家は中国後漢の皇帝の

末えいであることから

石灯籠を中国より輸入し、

舞鶴灯籠として

舞鶴公園周辺に設置したものです。」

このようになります。

秋月種茂公は、

あの有名な上杉鷹山の実兄です。

秋月家から上杉家の

養子となり家督を相続した鷹山は、

米沢藩の財政を蘇らせ、

江戸時代屈指の殿様とされていますが、

お兄さんもまた、聡明な方だったのですね。

鳥居をくぐって境内へ。

お祓い所?

灯籠を見て妻が一言。

「七宝紋だ~!」

秋月氏の家紋の一つでしょうか・・・

手水舎。

御社殿

次に御社殿へ。

ここからは視界が開け

広い境内が現れます。

拝殿手前の紅梅。

太宰府天満宮からの寄贈です。

左側は白梅。

飛梅も太宰府天満宮から

寄贈されています。

拝殿。

鶴の丸紋の賽銭箱。

参拝。

正面の龍の扁額。

これを見ていたら妻が雄叫びを(笑)

「これ、目みたいやね!」

そう言ったので、見てみると・・・

確かに目だ~(笑)

妻の視点は人とは違うのか、

面白いものを良く発見します。

拝殿右側から本殿へ。

オープンな幣殿。

なんか神楽殿っぽいですね。

玉垣の隙間から本殿に参拝。

最後にツーショットで〆。

妻は舞鶴のポーズ(笑)

 

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