筑紫神社/那国王の教室

 

アプローチが違えば・・・

僕たちの筑紫神社参拝は、

今回で2度目となります。

前回は社頭から長い参道を歩き、

本殿へ向かったのですが、

今回のバスツアーでは、

本殿下側の駐車場から、

横参道の石段を使っての

ショートカットコースです。

アプローチが違えば、

新たな発見や感動があるもので、

筑紫神社では、

いきなりバスツアーの醍醐味を

味わわせていただきました。

パンフレット

バスを降りると、

K氏が参加者全員に

神社のパンフレットを配布。

実に有難いことです。

御祭神は、

筑紫乃神、田村大神(坂上田村麿公)、

寶満大神(玉依姫命)の三柱です。

蝦夷征伐で東北のイメージが強い、

坂上田村麿公が祭られているのが、

ちょっと目をひきますね。

御由緒については、

筑紫国号起源など、

K氏の資料がめっちゃ詳しいのですが、

ここは神社のパンフからの抜粋です。

「筑後国と筑前国の国境にいた

荒ぶる神を、人々は「命尽くし」と呼んだ。

後にこの荒魂の神様をお祀りしたことが

当社の起源である。」

「平安時代の延喜式神名帳には

「筑紫神社 名神大」と記されている。」

尊王烈士碑

天神日銀前を出発して約50分、

筑紫神社の駐車場に到着です。

バスから神社へ向かうツアー御一行様。

しかし、

ここで初めて見るものに気を取られて

僕たちは早速、「大道草」を食います(笑)

参道右手前に建つ

「日露戦役勤彰記念之碑」に敬礼する妻。

「慰霊」ではなく「勤彰」なので、

これでOKでしょう(笑)

鳥居奉納者の名を記した石碑。

奉納された鳥居は、

こちらかな?

明治三十三年の建立です。

江戸時代はこの境内下の広場に

牛馬を休ませ、

参拝したと記されています。

さしずめ今回は、

大型バスを休ませておりますので、

使用方法としては歴史を紡いでいるとも

言えそうです(笑)

忠魂碑(左)に参拝した後、

右奥の尊王烈士碑へ。

お〜このバランスの取り方凄いですね!

安定感よりもデザイン優先かな?

「尊王烈士」というからには、

幕末の尊王運動関連の方とは

想像できましたが、

よく分からなかったので、

筑紫野教育委員会の記述で

確認しました。

「幕末、

岡部諶助、吉田重藏の福岡藩士2人が、

倒幕のため、

天誅組の大和挙兵に参加するも

志ならず、捕縛され処刑された事を

顕彰する石碑で、

昭和3年の建立」

概略はこのように記されています。

まさか天誅組に福岡藩士がいたとは、

ちょっと驚きました。

こちらは以前訪問した奈良県の山奥、

谷瀬たにぜの吊り橋」近くにある

天誅組本陣跡の石碑です。

福岡藩のお二人も

ここにいたのでしょうか・・

こちらは京都霊山護國神社の墓域で、

京都の街を見下ろすように並ぶ

天誅組の招魂碑です。

日本の歴史を紡いでくれたお二人、

安らかに・・・

楼門〜手水舎

石段で上の境内へ。

大道草したので、御一行様の

後ろ姿もほぼ見えません(汗)

「神木 筑紫松」。

神社のパンフには、

「樹齢800年といわれる御神木。

昭和初期に枯れてしまい、

後継の松が御神木として

植えられている。」

このように記されています。

美しい紅梅も満開です。

本参道を楼門まで戻り、

ここから改めて参拝へ。

手水舎。

花瓶にさした紅白の梅と、

さり気ない花手水、

これには癒されますな〜!

こちらは、椿の花と

木製のインスタQRコードという

伝統と最先端の共演です。

筑紫神社さんのセンス、

なかなかオシャレですね!

御社殿

禊も完了し、拝殿へ。

狛犬&神馬。

家紋愛好家の妻は、

賽銭箱の丸に隅立て四つ目紋に注目。

さりげなく置かれた

趣のある花瓶と紅梅。

この細やかな配慮がたまらんな〜!

参拝。

神額。

拝殿右から本殿へ。

本殿に参拝。

本殿横の粥占祭を行う場所。

パンフには、

「二月十五日に粥を炊き、

翌月の三月十五日(春季大祭)に、

粥に生えたカビの色合いと毛草により

その年の作物、風水病害を占う神事で、

筑紫野市無形文化財に認定されている。」

このようにあります。

ここで恒例のツーショット完了。

絵馬堂

集合時間が迫る中、

最後に駆け足で向かったのは、

手水舎近くの絵馬堂です。

ここでの目的はただ一つ。

この梵鐘の写真です。

その昔、筑紫神社にあった梵鐘で、

鋳造は、南北朝時代の1384年。

後に筑紫神社を離れて、紆余曲折の後、

現在は岡山県瀬戸内市長船町のお寺、

慈眼院にあります。

以前の参拝でこの経緯を知った僕たちは

4年ほど前、実際に岡山の慈眼院に参拝し

実物を見てきたので、

いつかは筑紫神社に参拝し、

岡山に行けたお礼が出来ればと

思っていた所、

今回のバスツアーへの招待という

まさに渡りに船状態だったのです!

こちらは慈眼院の本堂で、

手前には鐘楼があり、

筑紫神社由来の梵鐘が

今も現役で使われています。

梵鐘。

筑紫神社の香りがするような・・?

そして、

慈眼院近くの「備前長船町福岡」は、

「福岡」の名前の由来となった

黒田家ゆかりの地で、妙興寺には、

黒田官兵衛の曽祖父のお墓もあります。

「黒田高政の墓」。

官兵衛さんも長政さんも

このお墓を思って「福岡」の地名に

愛着があったのかもしれません。

ちなみにこちらは黒田家始祖の地、

滋賀県長浜市にある黒田家始祖御廟所で、

右が始祖である「源宗清」名の刻まれた

石塔と覆屋です。

「宗清」さんの「清」は、

このツアーの主催、

K氏の最初の文字と同じ。

偶然は、必然とも言います・・

K氏の黒田官兵衛への深い想いは、

こんな「清」つながりからも

必然だったのでしょう!

(続く)

 

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