大分八幡宮(福岡県飯塚市)前編

 

大分という地名

大分と漢字で書けば、「おおいた」と

読んでしまいそうですが、

大分八幡宮は、

「だいぶはちまんぐう」と読みます。

ここは、神功皇后ゆかりの神社で、

「大分」という地名について、

Wikipediaによると、

「鶯塚(飛地境内)は、

JR筑前大分駅前にある

高さ10m程の丘。

伝承によれば神功皇后が

ここで兵を解散したといい、

以来この地を

『大分かれ(おおわかれ)』と

呼んだのが「大分」の地名の

起こりであるという。」

このように書かれています。

いわゆる、三韓征伐の兵を

解散した場所だったのでしょう。

そんな大分八幡宮へ

10年ぶり位(妻は初めて)に

参拝したのは、2月下旬の事。

この日は一日中小春日和の晴天で、

神社巡りには、最高の一日でした。

大分八幡宮へ

自宅から大分八幡宮までは、

車で1時間ほど、

ドライブするには、丁度よい距離です。

境内のすぐ隣にある広い駐車場から

少し歩いて社叢を撮影。

正面の入り口ですが、

すぐには境内に入らず、

まずは周囲を散策。

横参道でもある

石畳の道路端の玉垣前に、

何やら注連縄が掛けられた

四角い石造物を発見。

何じゃ〜こりや〜!

盃状穴だらけですよ!

灯籠や狛犬の台座とは考えにくいし、

これだけが単独の石造物のようで、

いったい何の為のものなのでしょうか。

「安産祈願石」かとも思いましたが、

まともに解明も出来ないまま、

とりあえず境内へ。

一の鳥居は、

スタンダードな明神鳥居です。

そして、鳥居裏側を見ると・・・

「寛永七年(1630)に

福岡藩の家臣小河久太夫の家来、

安陪惣兵衛 建立」

このような案内が建っています。

400年近く前、

江戸時代初期の記録を残し、

それを明記してある大分八幡宮さん

素晴らしい!心から拍手です。

そして、その鳥居の足元を見ると・・・

お~!

ここも盃状穴だらけではないですか!

反対側の足元も同じです。

いきなり盃状穴の嵐に見舞われ

嬉しい悲鳴をあげる僕(笑)

凄い神社だったんだ、大分八幡宮は!

石灯籠もまた古い。

参道右のものは、

安永六年(1777年)の寄進。

左側は安永四年(1775年)寄進。

まだ境内に入ったばかりというのに、

興味を惹く古い石造物に阻まれて(笑)

なかなか先に勧めません。

そして、次なる障害物(笑)はこちらです。

弘化三年(1846年)寄進の狛犬。

阿形は、倒立。

吽形は、ちんちん(笑)

すぐに崩れ落ちそうで、

保存がめっちゃ難しそうなこの形を

170年もの間、地震にも耐え、

大きな傷みもなく、

江戸時代のままの姿を

令和時代の僕たちが

見られるのは、

石工さんの力量としか

言いようがありません。

二の鳥居。

三の鳥居。

背後左側には御神木のクスノキが

そびえ立っていて、

素晴らしい光景にしばしうっとり。

手水舎。

注連縄柱の向こうに神門が見えて来ます。

石橋も古くて渋いですね!

神門向かって左手には、

禊場的な場所もあります。

さて、神門へ・・・

と思ったら、さにあらず?

仁王様ではないですか!

お寺の仁王門というわけですよ。

多くの仁王門は神仏分離で、

「随神門」と名を変え、

仁王様を廃棄し、

随神様を安置したりしていますが、

ここは、そのまま残されていたのですね!

どこまでも凄いぞ、大分八幡宮(笑)

吽形の仁王様。

仁王門から拝殿を臨む。

まさに神仏習合時代そのものですね。

そして、仁王門の反対側を見ると・・・

随神様ではないですか!

しかもめっちゃいい感じの

木造狛犬を従えています。

吽形の随神様と狛犬。

阿形の狛犬アップ。

吽形の狛犬アップ。

拝殿へ。

参拝。

拝殿内の雰囲気が素晴らしく

思わず撮影してしまいます。

左斜めから。

左が拝殿、右が本殿。

本殿。

俯瞰撮影。

ツーショット。

ここからまだまだ

大分八幡宮の

見どころは続きます。(後編へ)

 

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