鬼ノ城(岡山県総社市)後編

 

ある意味「御英霊」

鬼城山ビジターセンター資料館

記述から推定すると、

鬼ノ城をはじめ、

西日本30ヵ所ほどある

古代山城を築くために

全国から動員された人は、

恐らく100万人を超える

計り知れない人数になります。

そして、

計り知れない数の人が、

その労働の最中に

亡くなっているでしょう・・・

国家存亡の危機を救う為、

尊い命を捧げて、

今の日本にバトンを渡してくれた

名もなき人々・・・

彼らもまた、

ある意味「御英霊」ではないでしょうか。

敷石

復元された西門から城内を通り南方面へ。

敷石の遺構は圧巻!

「敷石」

案内を書き出すと、

「鬼ノ城では、城壁の下の面に接して

板石を多数敷きつめています。

幅は基本的に1.5m幅で、

城内側の広い所では

5m幅になると所もあります。

敷石は多くの区間に敷かれており、

総重量は数千トンにもなります。

この石畳のような敷石は、

通路としての役割もあるものの、

敷石の傾斜などからみて、

もともとは雨水等が城壁を壊すのを

防ぐことを目的としたものと考えられます。

敷石は日本の古代山城では

鬼ノ城にしかなく、

朝鮮半島でも

数例知られるだけの珍しいものです。

とくにこの区間の敷石は、

鬼ノ城でも見事なところです。」

このようになります。

これを読んで思わず、

数千トンもの敷石を運んで、

ここに敷き詰めた人々の苦労を

想像してしまいますね・・(汗)

さらに下っていきます。

ここから振り返って

西門と敷石を撮影。

足元ばかり見ていたので(笑)、

ちょっと眺望も楽しみます。

相変わらずバリアフリーな道。

築城当時の内側敷石。

築城当時の内側列石(石塁)。

第1・第2水門

次は水門へ。

案内。

第2水門。

近影。

第2水門と土塁。

第1水門。

第1と第2水門。

高石垣

次は高石垣へ。

高石垣の上に立っていますが、

高石垣を正面から撮影するには

ドローンが必要・・・

そんなものは持っていない僕は、

石垣の隅っこまでいき

手を伸ばして撮影するしかありません。

何とか撮影成功!

僕が落ちないか、

妻が心配していましたが、

今の所元気です(笑)

城壁

ここからは、城壁の散策です。

列石。

石垣(石積)の城壁。

列石と土塁。

「城壁」

案内を書き出すと、

以下になります。

「鬼ノ城は頂上部から

傾斜に変わるあたりに

鉢巻をしめたように

2.8kmにわたって

城壁が築かれています。

城壁は直線を基本とし、

多少の高低差はあるものの、

下幅約7m、上幅約6m、

高さ約6mの規模をもち、

城壁で囲まれた城内面積は

約30haに及ぶ広大さです。

城壁の大部分は、

土を少しずつ入れて突き固めた

「版築土塁」で、

要所の六ヶ所には

高い石垣を築いていますが、

基本的には土城です。

また城壁の上面には板塀が巡らされており、

城壁の高さと一体となって

攻略の難しい一大防御壁となっています。

ここには版築土塁・高石垣・水門があり、

城壁の特徴をよく示している区間です。」

版築の城壁と第0水門。

ここまでで、

鬼ノ城の散策は完了です。

今日の夕日

帰りがけに撮った、

敷石と夕日のコラボ。

西門も見えていて、

古代にタイムスリップ?

したみたいですね!

 

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