伊達宗城の墓(谷中霊園)

 

宇和島藩・伊達家

宇和島藩の伊達家は、

仙台藩、伊達政宗の長庶子、

伊達秀宗が初代として入封以来、

明治維新まで続いた家柄で、

幕末の八代藩主が、

お墓の主役、伊達宗城(むねなり)です。

こちらは5年ほど前に旅した、

伊達家の居城、宇和島城の天守で、

この中に宗城さんの肖像画があります。

明治時代の伊達宗城さん(多分)

この方は、高野長英や、

村田蔵六(後の大村益次郎)を

宇和島に招いたり、

日本で初めて

「純国産蒸気船」を造るなど、

新たな国作りに向け、

頑張った殿様の一人です。

明治新政府軍と旧幕府軍が戦った

戊辰戦争の際、宇和島藩は、

非武装中立をとったものの

仙台藩伊達家が、

奥羽越列藩同盟の盟主として敗戦し、

戦後、仙台藩存続に奔走するなど、

なかなか苦しい立場でも

あったようですが、

その甲斐あってか仙台藩伊達家は

生き残っています。

伊達宗城公墓所

阿部正弘の墓から少し西に歩き、

田安徳川家墓所の近くの

伊達宗城公墓所に到着。

塀の外側から見た墓域全体の風景。

真横からも撮影。

ここは伊達家累代の墓ではなく、

宗城さんのみお墓ですから

相当に手厚く葬られていますね!

(正室などもいらっしゃるかも?)

塀の外から参拝。

「従四位勲一等伊達宗城之墓」

このように刻まれています。

そして視線を下に向けると・・・

お〜伊達家名物(笑)

スズメちゃんですよ!

この家紋、

本当にテンション上がりますな〜(笑)

正式には、

「竹輪笹に阿吽の向かい雀」といい、

仙台藩伊達家とは少し違う

「宇和島紋」となっています。

「伊達家之墓」と刻まれているので、

ここで全員の方に参拝。

姫路藩酒井家墓所

次にすぐ近くにある

姫路藩酒井家の墓所へ。

柵外からなので、

斜めからの参拝になります。

奥の墓碑には

「酒井家霊龕(れいがん)」と刻まれ、

ここが酒井家全員の

供養塔的な存在のようです。

姫路藩酒井家最後の藩主、

酒井忠邦の墓。

Wikipediaによれば、

この方も戊辰戦争の戦後処理で、

藩内を落ち着かせるために

かなり苦労しています。

明治維新というものが、

膨大な血を流し、

同じ日本人ながらも

勝者と敗者が明暗を分け、

壮絶な歴史を紡いだことを

改めて感じてしまいます・・・

 

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