宇和島城(愛媛県宇和島市)前編

 

伊達政宗の血統

伊達家と言えば、

東北、仙台藩を思い浮かべますかが、

ここ、宇和島藩の藩主も

江戸前期から明治維新まで、

伊達家が治めていました。

その藩祖は、戦国の雄、

伊達政宗の側室の子である

伊達秀宗です。

秀宗出生の後に

正妻の子、忠宗が生まれ、

政宗の跡継ぎになったので、

秀宗の立場は微妙になったようですが、

大阪の陣で功績をあげ、

家康から宇和島藩10万石を

もらい、藩祖となったのでした。

功績もあったでしょうが、

本当は、お父さんの正宗が、家康に

「うちの息子何とかよろしく!」

とお願いしたのが、

功を奏したのだと勝手に

推測しています。

宇和島城へ

じゃこ天を堪能した僕たちは、

地方ではめったに体験出来ない、

高速道路での「渋滞」を味わいながらも

無事、宇和島城に到着。

城山の真下、入口前に

有料駐車場があるのは、

大変便利です。

宇和島の町並み。

整然とした区画になっています。

昔は「五角形の島」だった宇和島城が

よくわかる「宇和島城下古絵図」。

城内マップでルートを確認。

江戸時代に建てられた、

桑折(こおり)氏武家長屋門を

移設したものが入城口。

門の横には杖が準備されていて、

親切な宇和島城ですね。

天守まで750m

石垣に「ユキノシタ」が生えていて、

妻が「これ、食べられるよ」と

教えてくれたので、

まずは食してもらいました(笑)

実際に天ぷらなどの料理も

あるようです。

石段。

現存する石段。

石垣と石段の風景。

桝形虎口的な造り。

井戸丸。

江戸時代そのままに

井戸が残っています。

なおも登る。

途中見つけた「宇和島城かわらばん」。

現存天守12城の案内と

そのうちの四国4城の

恋愛スポットを紹介。

いいですね!この石垣の景色。

本丸の石垣。

手前の石垣の向こうに

天守が見えてテンシュが、

いえテンションが(笑)上がります。

ここから登ると本丸。

登って振り返ると、

二の丸と海が見えます。

藤堂高虎が造った当初、

宇和島城は島だったことを

思い出させる風景ですね。

案内板。

そして、もうすぐ天守です。

天守に到着。

藤堂高虎が建てた天守を、

老朽化のため、江戸時代、

寛文11年(1671年)に

2代目藩主伊達宗利が建て替えたものです。

立派な天守の案内。

宇和島伊達藩が誕生したいきさつなど

藩祖、伊達秀宗の生い立ちから

詳しく書かれていて、

父の伊達政宗の子供への愛情と、

政治的に人を動かす力を

改めて知ることが出来て、

今度は仙台城(宮城県)に

行きたくなりました(笑)

現代のテクノロジーを駆使して、

断面図まで作ってくれています。

正面左斜めから。

裏側までぐるっと一周してみます。

このお城には、鉄砲狭間や、

石落しといったものが全くありません。

平和な時代になったのと

幕府への忠誠心を示すために

あえて、戦いの為の装備は、

見送ったのかも知れません。

まずは、ツーショットを撮って、

この後は天守内へと向かいます。

 

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