阿部正弘の墓(谷中霊園)

 

阿部ちゃんに感謝

今回お参りした

備後福山藩主の阿部正弘は、

幕末、徳川家慶、家定の時代に

筆頭家老として国政を担いながらも

39歳の若さで急死しています。

「日の丸」を国旗として規定したり、

ペリー艦隊への備えとしての

「お台場」を造るなどして、

諸外国の圧力の中、

日本の独立に奔走し

命を燃やし尽くした結果の

急死だったのかも知れません。

そんな阿部ちゃん(笑)と、

僕たちは過去何回か出会っています。

こちらは福山市鞆の浦にある

いろは丸展示館」で出会った

阿部ちゃんです。

島津斉彬の提言を採用し、

幕閣に計り日の丸を制定した事が

書かれています。

こちらは福山駅近くの

備後護国神社に鎮座する

「阿部正弘公石像潜り」です。

この石像の下をくぐって、

阿部ちゃんの叡智にあやかるという

ちょっとレアな石像ですが、

その効能は絶大でした!

妻がこれをやった結果、

方向音痴が治ったり、

歴史・地理に俄然興味を持つようになり、

クイズ番組を全く見なかったのが、

今では答えられない問題があると

でんぐり返って

悔しがる程になったのです(笑)

これもひとえに

阿部正弘公の像を潜ったお陰だと

深〜く感謝しております。

福山藩阿部家墓所

谷中霊園の渋沢栄一のお墓のすぐ近く、

長い塀に囲まれた所が、

阿部正弘はじめ、

福山藩主が眠る阿部家の墓所です。

正面入口。

門扉が空いているので、

「ウェルカム」という事なんでしょう!

もちろん、

お参りするしかありません。

参道両脇には歴代藩主などの

お墓が並んでいます。

手前にあった近代的な墓標には、

「阿部家奥津城」と記されていますので、

ここは神道式のお墓なんでしょうか?

福山で埋葬された

10代藩主阿部正方のお墓が神道式なので、

その関連なのかも知れませんが、

詳しくはわかりません。

阿部正弘の墓

参道左側の一番奥に建つのが、

阿部正弘のお墓です。

右側の石碑には、

大正天皇即位の時、

従三位を追贈されている事が

書かれているようです。

五輪塔の台座には、

安政四年と刻まれ、

側面を見ると・・

「六月十七日卒 行年三十有九」

と刻まれています。

なんと、僕の誕生日に

亡くなっているんですよ!

偶然なんですが、

何かご縁を感じてしまいますね。

参拝。

梵字の「キリーク」の下に、

「良徳院殿」と刻まれていますので、

これが阿部正弘の法号かと思います。

福山藩主阿部家初代の墓

参道の突き当たりに建つのが、

福山藩初代、阿部正邦の墓です。

参拝。

Wikipediaによると

正邦さんは転封に次ぐ転封の人生で、

武蔵岩槻藩主→丹後宮津藩主→

下野宇都宮藩主→備後福山藩主と

今で言えば、

埼玉、京都、栃木、広島と

行ったり来たりなんですね・・

幕命とは言え、

よくぞ耐えたと褒めてあげたいな(笑)

スカイツリー

阿部家の墓を出ると、

スカイツリーが見えていました!

なんかこの光景、

テンション上がるな〜(笑)

 

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