2018/10/15

眼鏡橋(長崎市)

 

ついでの眼鏡橋で大きな発見

今回、長崎の旅は、

坂本龍馬と上野彦馬の足跡を

辿ることが、目的だったこともあり

眼鏡橋という長崎市有数の観光スポットは、

僕の眼中から外れていました。

ところが、この眼鏡橋、

上野彦馬生誕の地などのすぐ近くだし、

亀山社中に行くにしても

眼鏡橋近くに車を停めることになるし、

あまりにも目立っていて、

しかも目と鼻の先にあるので、

結果、行かざるを得ないのです(笑)

そこまで言われたら

眼鏡橋から

「あなたの訪問は、

こちらから願い下げだ」

と言われそうですが、

願い下げられても気にしないのが僕流。

ついでに行っても

大いに楽しんでやりました(笑)

眼鏡橋へ

坂本龍馬之像や上野彦馬の墓を見た

風頭(かざがしら)山から

降りて来た僕たちは、

その麓に流れる川のほとりに着きました。

もちろんご近所さんの

眼鏡橋を見るためです。

僕は眼鏡橋という石橋が、

一つだけポツンとあるのかと

60年近く想像してきましたが、

それはこの案内を見て、

ぶっ飛びました。

凄いじゃないですか!!

石橋群ですよ!

この中島川には十数ヶ所にわたり

石橋が随所に架けられていたのです。

案内図を見ると、直交する道には

全て石橋が架けられていたのがわかります。

昭和57年の大洪水で橋の多くは流されて、

今は往時にくらべ橋の数は少ないとはいえ、

ついでに(失礼!)来たのに

これほど素晴らしい出会いがあるなんて、

やはり足を運ぶって楽しいものですね。

眼鏡橋の遠景。

橋のたもとには

この石橋を完成させた中国の僧、

黙子如定(もくすにょじょう)の

像が建てられています。

1634年というから

江戸時代初期、三代将軍、

徳川家光の時代のことです。

川が氾濫するたびに

橋の架け替えが必要だった中島川に、

黙子如定が中国から職人を連れてきて、

頑丈な石橋が作ったことは、

長崎の人たちにとって

有り難い事だったでしょう。

竣工して十数年経ったころ

この橋は洪水で破損したのですが、

その時修復を担当したのが、

平戸好夢という同じ長崎県の

平戸出身の人でした。

その平戸にも石橋である、

幸橋、通称「オランダ橋」がありますし、

諫早市にも同じく眼鏡橋があり、

長崎市の眼鏡橋とともに3つ全てが、

国指定重要文化財となっています。

石橋発祥の地である長崎県(肥前国)、

さすがという他ありませんね!

眼鏡橋は、たもとに降りるのも容易です。

下から覗くのが癖な僕(笑)

何度も修理を施されたようですが、

基本は竣工当時と変わらないものです。

一つ南側の石橋から眼鏡橋を撮影。

最初の案内版では、

この二つ橋の真ん中あたりにも

もう二つ石橋が描かれていました。

こうやって見るとメガネです(笑)

やはり眼鏡橋には

このポーズしかないでしょう(笑)

今日の癒し

中島川に佇むサギちゃんに癒されました。

何だか守り神のように

しっかりと周囲を睨んでいるその姿、

やっぱりサギちゃんは素敵です。

 

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