福山八幡宮(2018年初詣の旅)(広島県福山市)

 

二つの八幡宮が鎮座

福山八幡宮には全く同じ形をした参道が

東と西に二つあります。

その先には同じく拝殿、本殿が二つあり

その二つの八幡宮の真ん中に

両方を同時に参拝出来る

「合祭殿」というものがあります。

これは、4代目福山藩主、水野勝種が

城下南東の町人の産土神である延広八幡宮と

城下南西の武士の産土神である野上八幡宮を

今の場所に遷座した時、

このような配置になったのです。

身分制度が厳しかった江戸時代真っ只中、

武士と町人の産土神が対等に祀られるのは

珍しいことだったようですし、

僕たちも今までそのような神社は

参拝した記憶がありません。

福山八幡宮へ

備後護国神社から徒歩10分、

福山八幡宮「東御宮」の入口に到着します。

こちらは元の延広八幡宮で町人の産土神。

東側の入口。

左右に同じ形の入口があります。

東側の参道ですが、西側も

これと見間違うくらい同じ参道があり

この時はまだ何も知らなかった僕は、

何でこんな造りなんだろう?

と、ただただ不思議(笑)

宮島の厳島神社と同じ形の鳥居。

階段を上ると随神門があります。

境内に入って、

まずは、真ん中の合祭殿で

二つの神社同時に参拝します。

二つの神社が合祀されたあと

1984年に建立された合祭殿で参拝。

かなりきらびやかな建物ですね。

参拝を終え、

最初に上ってきた「東御宮」を撮影。

その後、ここからぐるっと

左回りで散策することにしました。

こちらは「西御宮」

武士の産土神だった、元の野上八幡宮です。

西後宮から見た合祭殿と東御宮。

西後宮の本殿。

この道を進むと、

初代福山藩主、水野勝成を祀る

聡敏(そうびん)神社があります。

かつては、合祭殿があった場所に鎮座して

東西の八幡宮のまとめ役的?な

ものだったようですが、

今の合祭殿が作られたとき、

この場所に遷されたそうです。

案内によると祀られている水野勝成公は

聡明にして俊敏だったことから

聡敏神社の名前が付けられたそうです。

阿形の狛犬

吽形の狛犬

本殿。

ここからは本殿の裏手を進みます。

右は西御宮本殿、左は合祭殿の本殿。

左は荒神社、右は柿本神社、稲荷神社。

和霊神社。

西五社。

東五社。

鍛冶神社の鳥居。

階段を上ると拝殿があります。

生れ出た時、母イザナギの陰部を焼いて

父神のイザナミから切られたという

火香具土神(火の神)も祀られています。

イザナギは陰部を焼かれたことが原因で

死んでしまったのですが、

もしこの陰部が焼かれていなければ、

イザナミの禊祓いもなかったし、

天照大神も誕生してなく。

ここ福山八幡宮に祀られている

宗像三女神も生まれていなく、

この神社も無かったし

皇室も無かったかも?

と考えれば、

火香具土神グッジョブ!

だったのか…ナ(笑)

こちらはお酒の神様

松尾神社。

鍛冶神社と松尾神社に参拝した後、

また先ほどの境内に戻りました。

東御宮に到着。

参拝。

ここから反対側に歩き、

西御宮にも参拝。

本当に全く同じ建物を見ているようですね!

武士も町民も神社への参拝は平等にした

水野勝種公は偉かったんだな〜(笑)

散策と参拝も完了し最後は

恒例のツーショット。

社務所で御朱印もいただきました。

帰りは西御宮の随神門から

下っていきます。

やっぱり東と同じ(笑)

両部(りょうぶ)鳥居も東と同じ!

出入り口も同じ。

ぜ〜んぶが同じでした(笑)

まるで、デジャヴですよね!

ここからはまた歩いて

5分ほどのところにある

艮(うしとら)神社を目指します。

 

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