半田赤レンガ建物・内覧(半田市)
予定外の行動
僕たちの旅では頻繁に起きる事ですが、
ここでも予定外の行動を
してしまいました(笑)
建物外観だけで組んでいた
赤レンガ建物でのスケジュールを
内覧まで入れてしまったのです。
理由は、
レンガ造りの建物が、
あまりにも魅力的過ぎて、
僕も妻も中まで見てみたいという
衝動に駆られてしまったからです。
今振り返ってみると
この決断が無ければ、
半田赤レンガ建物の魅力は
その半分も体験出来なかったと
感じています・・・
欲を言えば、
復刻されたカブトビールを
味わってみたかったかな?
いや、
飲酒運転は絶対ダメ!
妄想だけに留めておきましょう(笑)
5重の複壁
衝撃的だったのは、
「5重の複壁」と呼ばれる
北面の壁の内部構造でした。

ガラス張りの出入口を入ると
すぐ右側に見えるのが、
こんな光景です。

これは凄い!凄すぎる!
しかもガラス張りで、
中の構造を見学できるのが、
また素晴らしい!

「5重の複壁」
以下、全文です。
「ビール醸造に欠かせない
低温で一定の温度を保つための工夫として、
壁内に空気層を設け、
断熱性能の向上を図っています。
本建物内にも2重から5重の複壁があり、
他に類例を見ない珍しいものです。」
ここまでこだわって造られたビール、
さぞかし美味しかった事でしょう!

この部屋の窓に注目・・・

奥行き150cmの北壁窓。
まさにここは「5重の複壁」という
「最高級のしつらえ」が
施されているのですよ!

身長159cmの妻が、
ほぼ寝そべられる奥行きです(笑)
岡田煉瓦製造所のあゆみ
この部屋のパネル展示も
また素晴らしいものです。

「半田レンガ建物に使用されたレンガは
岡田煉瓦製作所で造られた!!」
これを見た瞬間、
僕も妻もテンションマックスに(笑)
妻の旧姓は「岡田」だからという
単純な理由ですが、
これで煉瓦に俄然興味が湧いた僕たちは、
スルーする事など到底できず、
さらなる時間を費やすことに(笑)
ここからは、
パネルの記述を要約して
書き出しています。

(1)創業時から明治末期まで
「◇明治27年頃
岡田平六、岡田松太郎と
杉浦右衛門が共同出資をし工場を建設。
◇明治28年7月
根崎煉化工場設立
◇明治30年
根崎煉化合資会社設立
(明治40年岡田煉瓦と改称)
主要販売先(日本陶器、日本車輌。紡績工場)
※日本陶器:現ノリタケカンパニー」
なんだか、凄い取引先ですね!
ノリタケカンパニーは言わずもがな、
日本車輌も新幹線やリニアを
作っている会社だし、
岡田煉瓦の技術と信用は、
相当なものだったのでしょう。
そして、
このブログを書いていて判明したのが、
日本唯一残るレンガ造りのドライドック、
横須賀の「浦賀ドック」も
岡田煉瓦の製造という事です。

今年(令和8年)の1月に
外から見学した浦賀ドックですが、
ドック上部のレンガが見えています。
浦賀ドックと、
半田赤レンガ建物が結び付くとは、
本当にビックリですね!
月2回行われる
浦賀ドック見学ツアーに参加して、
ドックの底から岡田煉瓦を
見たくなってきましたよ(笑)

(2)半田赤レンガ建物の建設用煉瓦を納入
「半田赤レンガ建物建設は
明治30年9月1日〜
明治31年10月31日であり、
その煉瓦製造に取り組んだのは、
まだ会社組織となって
間もない時期であった。」

(3)レンガの製造方法
「赤煉瓦は、粘土と砂を材料とし、
原土を練ったのち成形される。
成形は、型枠による手抜き成形と
機械成形に分けられる。
日本における煉瓦製造の初期では、
1個1個を人手で型入れをして抜くという、
手間のかかる成形方法でしたが、
明治二十年代以降は
ほとんど機械成形に変わった。
しかし、明治三十一年に
半田レンガ建物に使用された煉瓦は
手抜き成形によるものである。
手抜きの場合は、材料が水を多く含み、
大変やわらかいので、
乾燥時・焼成時の収縮率が大きい。
そのため、
出来上がり寸法から逆算して、
その分だけ大きく造られた。
仕上がりは約2割小さくなった。」
めっちゃ手間がかかるのに
「手抜き」とはこれ如何に(笑)
日本語って、面白い!

(4)煉瓦の運搬方法
「岡田煉瓦製作所から
半田カブトビール工場への
レンガ運搬経路推定図」
(図面あり)
「半田レンガ建物の煉瓦を製造した
岡田煉瓦工場(現在の安城市)は、
自社の敷地で土を採取し、
近くの川へ水路をつなぎ、
製造した煉瓦を船で積みだした。
実際に半田赤レンガ建物建設現場に
煉瓦を搬入する際は、
岡田煉瓦から水路を経て朝鮮川に入り、
油ヶ淵を経由し、新川から衣浦湾に出て、
阿久比川を経て
半田市住吉町の現場に運ばれた。」

(5)煉瓦の刻印
「刻印とは、成形した直後の
固まる前の煉瓦に判を押したもので、
大別すると、
煉瓦を製造した会社の名前や
社章を表すマーク(社印)と、
その煉瓦製造を担当した職人、
あるいは職人たちの班を表す
符牒(責任印)がある。
左の写真は
岡田煉瓦製作所の刻印型であるが、
この刻印には岡田という漢字の間に
平のマークが入っている。
このマークは
創業者岡田平六を表したもので、
会社を示す社印である。」
(6)半田赤レンガ建物の刻印
「刻印の種類と建築工期の
関係を調べるために
創建時の区域をブロックIとし、
増築部分を
II・Ⅲ・Ⅳのブロックで分け、
それぞれのブロックの刻印を
リストアップした。」

歴史と文化のまち半田市。
間違いないでしょう!
通路
赤レンガ建物には、
有料ゾーンもありますが、
僕たちは、
無料ゾーンのみを見学します。

創業当時からの通路。

アーチ状の耐火床。

歴史しか詰まっていません!

「木製階段」
「木製階段は5階建ての
最上階まで続いています。
(最上階は銅製階段)
この煉瓦造5階建の部分は、
東西方向の棟に配置された
「浸漬」「醸造」部門と、
これにL型に接続する
「醗酵」「貯蔵」部門を結ぶ
中核的な位置にありました。」

階段の擦り切れ具合に、
昔の人々の往来が想像出来ますね!

実はこちらがスタート地点で、
僕たちは出口側から
逆行した事になりますが、
全く問題はなかった模様です(笑)

「加冨登ビール」と記された看板には、
「販賣店 鈴木藥店」とあります。
薬屋さんでビールを
売っていたのでしょうか?
とすれば、
現代のドラックストアと同じですね!

天井の吹き抜け。
ホール
最後に入口のホールへ。

ここでは復刻された
カブトビールも堪能できますが、
僕たちはグッと堪えて、屋外へ・・

最後はツーショットで〆。
半田赤レンガ建物、
めっちゃ楽しかった〜!