針尾送信所(電信室・前編)佐世保市

 

奇跡のようなこと

佐世保市の針尾送信所には、

巨大な無線塔や電信室など、

100年以上前に造られた構造物の多くが

原型をとどめる形で遺され、

今、僕たちは当時の事を

肌で知る事が出来ます。

この貴重な遺構が遺された大きな要因は、

施設が戦後も引き続き

「現役」として使用されたからでしょう。

案内所近くの説明には、

「戦後の1948(昭和23)年には

佐世保海上保安部針尾送信分室が開設され、

海軍の施設をそのまま引き継いで使用し、

海上自衛隊も

1954(昭和29)年の発足当時より

施設を共同使用していました。

しかし、

1997(平成9)年に

海上保安庁の無線施設が

更新されたことにより、

その役目を終えました。」

このように記されていました。

要するに戦争が終わっても、

半世紀に渡って、

ここはずっと「現役」だったのです。

茨城県にある、

筑波海軍航空隊記念館周辺に

多くの遺構が残っているのも

終戦後、

司令部などの主要建物が、

長らく病院として使われてきたからでした。

どんな形であっても必要とされて、

使用され続ける事、

使われる(役に立つ)から

メンテナンスや更新も行われ、

結果、

戦前からの連続性が保持される。

多くの戦争遺跡が風化した中、

このような場所がある事は、

奇跡のようなことかも知れません。

入口

電信室の外観は後回しにして(笑)

妻が興味津々な内部からスタートします。

「国指定重要文化財 電信室」

以下、全文です。

「電信室は送られてきた信号を

大出力に変換して無線塔に

送信するための機械装置を格納する

鉄筋コンクリート造の建物である。

送受信室、整流器室、二次電池室、

機械室と各種倉庫室に区画されている。

機械室には、写真1のような長波用の

高周波発電機が設置されていたが、

昭和17(1942)年頃までに

撤去された。

発電機が設置されていた機械室の

現在の状態が写真2である。

完成時の電信室の正面は

図2のような構成になっており、

建設当初の写真(写真3)が残されている。

階段を上り

2階が入口になっている事が分かる。

電信室の建設中の写真4を見ると、

アーチ状の屋根構造が造られている。

この上に砂と土砂を乗せて、

爆発の衝撃を吸収する

耐爆構造となっている。

現在地は、

この建物の2回の床面の部分である。

前に見えている窓は2階の窓である。

電信室の荷重軽減と水の侵入防止のため、

撤去した屋根の上の大量の土砂で

電信室の前面が2階まで

埋まっている状態である。」

右は外観巡りで、

左が内部への入口です。

お邪魔します!

左上のロゴマーク、

一筆書きの無線塔と

電信室のデフォルメ、

めちゃ良いじゃないですか!

ヘルメット群。

こちらは先に案内所で見た掲示ですが、

僕たちは使っていませんが、

この気遣いがたまりません!

インナーキャップを日本語で言うと

「紙帽子」なんですね(笑)

整流器室

ここで見学コースを確認します。

図1の整流器室からスタートし、

各種倉庫、機械室という見学路で、

自由散策となっています。

いきなりめっちゃ雰囲気出てますね!

無線塔のタペストリーがお出迎え。

さらに奥へ。

整流器室に到着。

「整流器室」

以下、全文です。

「整流器室は、

3基の無線塔の中心に建設された

電信室の1階西側に位置している。

長さ21.5m、幅10.3m、

床面積約221.45㎡を有しており、

整流器を冷却するための

用水路も配置されている。

この部屋では、

1階東側の機械室にあった

発電機で発電された電気を

送信機等で使用するために

交流から直流に変換されていた。

現在、整流器室と2階の送信機室を繋ぐ

2箇所の階段は、

当時の図面と位置が異なっており、

終戦後に付け替えた

可能性が高いと考えられる。」

案内に記されている用水路、

確かにありますね!

二階は立入禁止ですが、

階段部分には、

「海上保安庁 針尾送信所」と記された

海上保安庁時代のものが見えています。

各種倉庫

次に1階真ん中の部屋、各種倉庫へ。

天井を這う配管、

戦前からのものでしょうか?

妻好みの地下壕的な雰囲気。

「倉庫」

以下、全文です。

「1階中央部にあり、

十字型の通路により4室に仕切られ、

油倉庫、油・硫酸倉庫、工業室、

各科倉庫が配置されている。

各部屋は約35㎡あり、

南西側の油・硫酸倉庫には、

2階の二次電池室に設置されていた

二次電池(バッテリー)に

使用される硫酸が保管されていた。

硫酸は腐食性が強く、

コンクリートを侵す性質があることから、

この部屋のみレンガタイルが

壁に貼られている。

科学薬品を長く保管していたためか、

室内全体が激しく劣化している。」

まずは一番気になる、油・硫酸倉庫へ

お〜これは・・・

良い感じの廃墟ですね!

レンガタイルと硫酸による壁の腐食具合、

しっかりと見ることが出来ました!

この貴重な光景、

ずっとこのまま残して欲しいものですね。

次の部屋へ。

ここが何だったのかは不明です。

ここは通行止め。

ちょっと広めの部屋へ。

地下壕的光景、

見飽きません(笑)

木の引き戸も戦前からのものかな?

小窓も残っていますね。

このフックで思い何かを

吊るしていたのでしょうか・・

そして機械室側の通路へ。

(続く)

 

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