豊国神社(滋賀県長浜市)

 

明治維新で復活

慶長二十年(1615年)、

大阪夏の陣で豊臣家が滅び、

豊臣秀吉を祭る豊国神社は、

徳川家康の命令で廃絶となり、

豊臣秀吉を神として祭ることは、

禁止されたようです。

そして、250年後、明治維新を迎え、

その最初の年、

明治天皇の御沙汰により、

豊国神社(ほうこく、とよくに)の

復活は決まり、その結果、

今では全国の秀吉ゆかりの地には、

いくつもの豊国神社が鎮座しています。

為政者が変われば、

世の中の価値観も

180度変わるという

分かりやすい例ですかね(笑)

ホテルにて

今回の旅は長浜インター近くの

ルートインに宿泊。

ホテルの部屋から朝の景色。

街の中心部からは離れている事もあり、

宿泊者の駐車料金は無料というのも

ホテル選択の後押しになりましたが、

何と言っても最大の決め手は、

お楽しみの朝食バイキング。

やっぱり食べることは大切です(笑)

和食を目一杯食べた後に、

洋食のパンまで平らげて、

食べ放題は最高です。

これでお腹は昼まで持つかな?(笑)

豊國神社へ

まずは、市内中心部の豊國神社へ。

本殿正面の社頭。

過去最高にやりにくい手水鉢(笑)

ウンチングスタイル以外に

お手水する手段が見つからない(汗)

拝殿へ。

御祭神は、

豊臣秀吉公、加藤清正公、

木村長門守公、

そして、

恵比須宮(事代主)と書かれています。

この恵比須宮が江戸時代の

豊国神社崇敬者たちの

隠れ蓑となっていたそうで、

長浜の人々は、

恵比須宮=秀吉公に参っていたとか。

秀吉を護ってくださったエビスさん、

参拝者に撫でられて、ピッカピッカ!(笑)

拝殿から本殿へ。

本殿は、檜皮葺。

覆屋付きですね。

ここでツーショット。

横参道

豊国神社には正面からの他、

横からの参道もあるので、

改めて社頭から歩いてみます。

横参道入口。

社号標は、

豊国神社と長浜恵比須宮の二つ。

太閤殿下らしい黒と金の神額。

賎ヶ岳七本槍の一人、

熊本城を作った加藤清正像。

昔の長浜の町。

長浜城が、

完全な湖城だったことがわかります。

境内社

豊国神社の境内社は二社。

そのうちの一社である

稲玉命出世稲荷神社は、

本社と言っても良いくらいの規模です。

稲玉命出世稲荷神社の社頭。

境内社ですが、石畳の参道が設けられ、

かなりの特別感が伝わってきます。

二の鳥居。

拝殿。

唐破風の向拝部分は檜皮葺という

素晴らしい造りになっています。

参拝。

左右の回廊を通って、

本殿近くでも参拝できるのが、

この稲荷神社の素敵なところ。

何とも言えず心癒される回廊。

本殿の裏側(御神体側)からも参拝。

本殿を一周。

拝殿右横から外へ。

もう一つの境内社、天満宮。

虎石

境内の池のほとりには、

虎石と呼ばれる石があります。

虎石の由来。

要約すると、

「秀吉公が長浜城主の時、

幼少より育てた加藤虎之助清正が、

城内の庭に献じた石を

虎石として寵愛され、

江戸中期、長浜城より大通寺の庭に

移したところ「いのう、いのう」(帰ろう)と

泣くので、元に戻して収まった。

その石が後年ここに移された」

こんな言われの石です。

虎石は、石橋を渡った先にあります。

虎石。

これで、豊国神社参拝は完了し、

長浜城へと向かいます。

今日の一本

手水舎近くの松。

芸術的というのでしょうか、

なんか気になります。

 

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