伊勢宮(長崎市)

 

キリスト教一色だった長崎

戦国時代末期、長崎は

当時、藩主だったキリシタン大名の

大村純忠(おおむら すみただ)により

イエズス会に寄進され

その支配権はイエズス会にあり

異教である神社などは破壊され、

教会ばかりが建てられていました。

後年、豊臣秀吉が領地を取り戻し、

江戸幕府が成立した後から

神社は復活し始めています。

なので、長崎市内の神社は、

江戸時代初期に建立または

再建された比較的歴史が

新しい神社が多くなっています。

その一つが、伊勢宮です。

伊勢宮へ

上野彦馬撮影局跡を訪問する前に

通りがかったのが伊勢宮です。

まずは、目的地である

上野彦馬さんを優先し、その後

駐車場に戻るみちすがら参拝しました。

境内入り口。

石の色がまだらな狛犬。

吽形は葉っぱの影から

少し恥ずかしそうに

僕たちを迎えてくれます。

伊勢神宮系の神明鳥居ですね。

「揖」(ゆう)は、

「拝」(はい)よりも軽い

お辞儀の事だと神社検定3級

教科書に書いてありました。

揖という表現が

参拝者に向けて使われている案内は、

はじめて見ました。

ブログを書いていて気付きましたが、

ここに書かれている参拝方法も

極めて丁寧で、

一般的なものとは違いますね。

僕たちは気付かずに、

一般的な参拝をして来ました(汗)

創建は江戸時代初期です。

拝殿にて参拝。

本殿。

拝殿右横には、

大きなクスノキがあり、

その手前には稲荷社が鎮座しています。

稲荷社の名は、

「楠稲荷神社」

まさに御神木ありきで、

建立された境内社です。

巨木がご神体のようですね。

稲荷社の奥に回ると、

石垣が楠にめり込むように

建てられたお社があります。

いやそうではなく、

お社が建てられた当時石垣は、

楠の前にあったものが、

樹木の成長で、このような姿に

なったのかも知れません。

圧倒される枝振り。

お社には安政四年の文字が

刻まれていますので、

西暦だと1857年、

今から160年ほど前のもので、

この年月で、楠の幹はこの社を

飲み込むように成長したという訳です。

大きさの比較写真。

妻はかなり手前なので、

ちょっと比較にならないかも?

この後は裏側の境内社などに向かいます。

境内社。

境内社群。

ここにも樹齢200〜250年位の

楠がそびえています。

ツーショットも撮影し、

これで伊勢宮の参拝は完了です。

今日の癒し

帰りがけに境内出入り口で

見送ってくれた猫。

猫の置物のようなポーズと

愛くるしい目に癒されました。

 

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