厳島神社(山口県美祢市)

 

弁財天と市杵嶋姫命

「弁天」などの名がつく池の近くには、

厳島神社が鎮座しています。

その御祭神(本地仏)は、

江戸時代までは

弁財天(弁天様)が多く、

神仏分離の後は宗像三女神または

市杵嶋姫命が多いようです。

ヒンドゥー教の神様が、仏教へ取り込まれ、

それが弁財天(弁天)になり、

神道とミックスされ、

宗像三女神の三女、市杵嶋姫命と

習合したのがその理由でしょう。

神様も人間に都合に翻弄されて

なかなか大変なものですね(笑)

厳島神社へ

ここへ来た一番の目的は、

厳島神社境内に広がる、

別府弁天池湧水を見る事。

神様が二番でごめんなさい(汗)

その湧水への道は、

当然神社への道でもあります。

神橋。

水の上に石垣が積まれた状態からして

ここには江戸時代まで神宮寺に

類する建物があったのかも知れません。

島部分と本参道を結ぶ石橋。

なんとも素晴らしい光景です。

江戸末期~明治時代のものと推定。

本参道。

一の鳥居。

鳥居の手前にある

別府念仏踊の御由緒。

湧水に感謝して行われる踊りで、

毎年9月の例祭時に行われています。

参道右横の弁天池湧水。

御由緒によると、

「いかなる干ばつにも

水が切れることなく、

どんな大雨にも増水することなく、

常に濁りを知らない

清水を保っています」

このように書かれています。

杉の御神木。

根っこ部分は空洞になって、

何か祭られているようです。

弁財天様。

やはりここは、水の神様ですね。

杉の御神木を弁天池越しに撮影。

手水舎。

弁天池のほとりに

二の鳥居は建っています。

二の鳥居。

天明二壬寅八月吉日と

刻まれていますので、

1782年、の寄進です。

御社殿

厳島神社の

木々に囲まれた御社殿は、

見るだけでも心が和みます。

拝殿。

エントランスは石橋的な

階段になっています。

文政十一年(1828年)

寄進の燈籠。

左側も同じ文政十一年の寄進。

笠が大きく立派なのに比べ、

火袋は、柱が細く、

どちらかと言えば華奢なデザインです。

これでよくぞ200年もの間、

笠の重さに耐え、

壊れずにいてくれたものだと

当時の石工さんの技術に感心します。

阿形の狛犬。

慶応二年(1866年)の寄進です。

吽形。

「台座の模様が仏教的やね」

と妻が言っていましたが、

明治維新前なので、

神仏共存だったのかも。

御祭神の宗像三女神に参拝。

吹き抜けで、

スケルトンタイプの拝殿(左)

逆に覆屋タイプの本殿(右)。

アルミサッシの幣殿とともに、

なんだか見栄えが良いのは、

作った人のセンスなんでしょう。

軒下部分が覆屋で囲まれた本殿。

境内社の諏訪神社。

厳島神社よりも前、

ここに湧水が出た事に感謝して、

祭られた神社です。

諏訪神社の右側にある巨樹群の案内。

巨樹群の一部は注連縄が巻かれ

御神木となっています。

一番太い木と妻の大きさ比較。

拝殿前でツーショット完了。

水汲み場

拝殿の左手には、

杉の木に囲まれた水汲み場があります。

入り口。

やはりここにも弁財天の像。

湧水汲み放題(笑)

水汲み場の左横にあったのは、

七福神の像。

しかし、ツツジが成長してしまい、

お顔が見られるのは数人でした(笑)

今日の注目

諏訪神社の前で見つけた

手水鉢的なもの。

手水鉢にしては底が浅いし、

盃状穴のような穴も見えるし・・・

まさか墓石でもないでしょうし、

いまだに謎です。

 

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