2020/05/21

柏原八幡宮(兵庫県丹波市)前編

 

丹波という響き

「丹波」と言えば、

俳優だった丹波哲郎と、

お正月に食べる大粒の

「丹波の黒豆」しか

イメージが無かった僕ですが、

実際に現地を訪問してみると、

丹波市をはじめ、江戸時代に

「丹波」と言われた場所には、

文化財が目白押しです。

それも「国宝」とか

「国指定重要文化財」など

メジャーなものだけではなく、

実際に見ると

国の文化財指定の

基準がわからなくなる程の

存在感があり感動を覚えるものも

たくさん存在し、

「丹羽」=「文化財」という連想も

黒豆に負けず劣らず

クローズアップされています。

ただ、これは全ては古いもの好きな

僕の個人的な感想ですから

妻は今でも丹波と言えば、

「黒豆!」と言いそうです(笑)

柏原(かいばら)八幡宮へ

福知山市から柏原八幡宮に行く途中、

高速道路のパーキングエリアの売店で、

こんなものを見つけました。

「光秀くんホイップあんぱん」

そして、

「光秀くんとひろこさん焼印入!」

と書かれた

ホイップクリーム満載のポスターです。

小腹が空いていた上に、

美味しそうな写真で、

思わず買ってしまいました(笑)

「光秀の志」と銘打った、

あんころもちと共に記念撮影です。

これで、腹ごしらえは完璧(笑)

期待以上の美味に感動です。

福知山から約1時間、

無事、柏原八幡宮の駐車場に到着。

一の鳥居周辺

柏原八幡宮へ向かう途中で見つけた、

柏原の大ケヤキ織田神社を散策し、

さらに柏原八幡宮の境内社である

柏原大神宮へも参拝した事で、

本来の目的地に到着したのは、

駐車場を出てから30分近く

経過してからでした。

社頭。

木造鳥居の笠木の屋根は、

檜皮葺ですね。

石段の途中、上から撮影。

鳥居を俯瞰するなんて、

なかなか貴重な事です。

社頭の燈籠には、

「安永八己亥」の文字が

ありますので、

西暦1779年の奉納です。

対面の燈籠。

石橋を渡り境内へ。

神馬像。

台座には、神馬像の

歴史が書かれていています。

大正四年に建立された初代の像は、

昭和十七年に金属供出され、

昭和四十六年に現在の

神馬像が奉納されています。

石段から見た神馬像。

神馬像の後ろにの石垣に鎮座する

白比賣神社に参拝。

本殿へ

本殿へ向かう途中に

いくつかの境内社が

鎮座しています。

厳島神社。

猿田彦神社。

頌徳(しょうとく)碑。

現在の宮司さんも

同じ名字のようですから、

ご先祖様なのでしょう。

頌徳とは

「徳をほめたたえる」という意味ですが、

僕は最近知ったばかりです(汗)

木漏れ日の中、何気に

石段が体力を奪います(笑)

石垣の雰囲気も素敵ですね。

社務所と書かれた横に、

「五社稲荷」と書かれた

社号標があります。

しかし、僕はそれを

スルーしてしまいました。

実はこの江戸時代建立の御社殿こそ、

柏原の彫刻師、

中井権次一統の四代目、

「中井言次君音」の

素晴らしい彫刻が施されていたのです。

(権次の名は六代目から使用)

竹田城近くの當勝(まさかつ)神社

感動したのと同じ位であろう

素晴らしい彫刻を見逃したとは・・・

やはり、柏原には、

再チャレンジが必要かな(笑)

祓殿。

祓戸社的な、

参拝前の穢を祓う神社です。

御祭神は、祓戸四柱大神。

若宮社。

手水舎。

手水鉢は天保十四年

(1843年)の寄進です。

二ノ鳥居前の燈籠は、

宝永六年(1709年)の寄進で、

300年の歳月を過ごしています。

対になる向かって左側の燈籠。

二の鳥居の先には拝殿や、

三重塔も見えています。

御由緒。

ここには書かれていませんが、

昭和時代の調査で、

神社の境内となっている八幡山には、

お城であった事が確定し、

「八幡山城」と名付けられています。

檜皮葺の拝殿。

拝殿前の狛犬。

物静かだが、いざとなれば

無類の強さを発揮しそうな表情、

彫刻の繊細さ、

そして躍動感にもあふれ、

まさに一級品と言える作品です。

柏原八幡宮のサイトによると

文久元年(1861年)に

寄進されたもので、

「作者は丹波佐吉(村上照信)、

台石の文字は筑前国

(現在の福岡県東部)

の女儒学者亀井小琴の文字です。」

このように書かれています。

へ~僕の地元である福岡の人が、

書いた文字だったのですね!

Wikipedia調べると、

亀井小琴の祖父は、

亀井南冥という儒学者、医者で、

福岡では有名な人です。

それにしても丹波と筑前の繋がりには

驚きました。

吽形。

この狛犬の素晴らしさにはまってしまい、

「丹波佐吉」をネットで調べていると

近畿地方を中心に狛犬、燈籠、

石仏などここ以外でも多くの作品を

今の世に残している方でした。

そして、僕は偶然にも、

その中の一つを

奈良県宇陀市に鎮座する

宇太水分(うだのみくまり)神社

見ていた事を知ったのです。

その狛犬は、

柏原八幡宮の狛犬と

共通するお顔立ちですが、

ここのものより7年ほど前の作品で、

まだ発展途上型のようにも見え、

恐らくその集大成的なものが、

ここに奉納された狛犬なのでしょう。

拝殿前の燈籠。

こちらも古く、

亨保十年(1725年)の寄進です。

対になる燈籠。

拝殿斜め横から、本殿、

そして、背後の三重塔を撮影。

趣のある拝殿と本殿は、

天正十三年(1585年)建立で、

国指定重要文化財となっています。

Wikipediaでは、

建立(再建)の経緯について

次のように書かれています。

「1579年(天正7年)

再建された社殿を織田信長の命をうけた

明智光秀の丹波攻めの兵火により焼失

1582年(天正10年)

羽柴(豊臣)秀吉が当時の

黒井城主である堀尾吉晴に

社殿の造営を命じる

1585年(天正13年)

現在の本殿と拝殿が竣工する」

戦国の錚々たるメンバーが、

関わっています。

本能寺で信長を討った光秀、

山崎の戦いで光秀を討った秀吉、

その戦いで活躍して黒井城を貰った

堀尾吉晴(後に松江城を作った人)。

歴史の坩堝(るつぼ)とも言える

柏原八幡宮、奥が深すぎて、

書くことが多すぎます(笑)

拝殿横には火灯窓が

あしらわれていて、

神仏習合的な雰囲気を

醸し出しています。

本殿。

本殿後ろから撮影。

やっぱり檜皮葺の屋根は見ていて

心が和みますね。

拝殿前でツーショット。

今日のビックリ

祓殿に貼ってあったポスター。

京都の山崎駅などにもあったのと同じ、

「麒麟がくる」

スマホdeスタンプラリーの案内で、

丹波市は興禅寺が入っています。

その興禅寺は、山城である

黒井城の下舘の跡に建てられたお寺で、

石垣などは昔のものが残っているそうです。

こちらは、かいばら観光案内所に

貼られていたポスター。

黒井城主の赤井直正という方、

明智光秀率いる織田軍と戦い、

何度も撃退した強者で、

Wikipediaで調べると、

赤井直正の弟が、

俳優でボクサーの

赤井英和さんのご先祖さんでした!

(柏原八幡宮 後編に続く)

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください