慶長本土居(福岡県柳川市)

 

僕のやっつけ仕事

田中吉政が筑後国主として遺した

いくつもの功績の一つである

汐止堤防施設、「慶長本土居」。

有明海沿岸40Kmにわたって

造られたこの遺構を見ようと

ネットで場所などを調べたのですが、

いつもの癖で、

「あ~何となく解った」くらいで

それ以上調べていませんでした。

そして、現地に行ってみて、

「ここは見たかった場所とは違う・・」

という結果が生まれたのです。

まあ、必然でしょう(笑)

ただ、「カケラ」でも

見学しようと、

その場でググってみた結果、

痕跡の一部を発見出来たのは、

ラッキーでしたが、

やっぱり

「やっつけ仕事」はダメですね(汗)

慶長本土居

何箇所か迷いながらも

着いたのはこんなところ。

のどかな風景。

ガードレールの外に標柱があります。

何やら書かれていますね!

お~!

「本土居築合

慶長十二年頃(1607)

田中吉政が築いた干拓堤防」

そして、側面には、

「この築合工事は難工事で○○・・

みずから人柱にたち

ようやく完成したと伝え○○・・」

草に隠れて読めない所もあありますが、

このように書かれています。

ようやく「カケラ」に出逢えて

ホント良かった~(笑)

麦畑

この一面は麦畑。

麦のを育てることを奨励したのも

田中吉政だったとか。

田中さん、

麦は今年もいっぱい実ってますよ~!

 

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