野見宿禰神社(たつの市)

 

地名の由来

野見宿禰(のみのすくね)神社を

Wikipediaで調べると、

次にように書かれています。

「播磨国風土記によれば、

野見宿禰は大和から

故郷の出雲へ帰る途中、

日下部野(くさかべの)で病没した。

野見宿禰を悼み、

出雲から多くの人が訪ねて

野見宿禰の墓を建てるために

人々が野を手送りで石を運んだという。

この光景が(「野に立つ人」から)

「立野(たちの)」「龍野」となり、

現在の「たつの」の地名の

由来になったとされている。」

約1300年前、

奈良時代初期に編纂されたのが

日本全国それぞれの風土記で、

現在その殆どは散逸していますが、

播磨国風土記は、

一部欠損があるものの

数少ない現存(写本)するものです。

野見宿禰の故郷、出雲国風土記は、

ほぼ完本で残っていますし、

天穂日命(あめのほひのみこと)の

子孫というだけあって、

野見宿禰さん、神懸っていますね(笑)

登山

龍野城から野見宿禰神社へは、

軽い登山となります。

登山マップ。

右下のお城から、紅葉谷を通り、

左上の野見宿禰神社まで、

歩いて、約30分。

炎天下とはいえ、

木陰が多いので、

なんとか歩けます(笑)

紅葉谷界隈。

分岐を左の野見宿禰神社へ。

右の両見坂にも

石造物など見所がありますが、

時間も体力も気力もないので、

今回はパス(次回あるのか?笑)。

野見宿禰神社の鳥居を

左に見ながら

さらに登っていきます。

野見宿禰神社下の展望台に到着。

気が生い茂って、

眺望はそれほどでもありませんが、

これは事前にネットで周知済み。

展望台にある三木露風のお話。

「操(路風)が7歳のとき、

幼稚園から帰ってくると

母(かた)は離婚し、弟勉を連れて、

鳥取の実家に去っていました。

母を慕う操は、淋しくなると、

一人この裏山に登り、

遠く彼方を見つめていたといわれています。」

・・・・

よくぞ心が壊れなかったものです。

後年の詩人としてのルーツは、

この時見た自然だったそうですが、

やはり偉い人だったんでしょう・・・。

野見宿禰神社へ

展望台から振り返ると、

そこには、

ラスボスのように立ちはだかる

野見宿禰神社への

長~い石段があります。

この先が目指す場所。

参道の玉垣には、

寄進者の名前が書かれ、

偶然見つけたのが、

「金壹百圓 従三位

脇坂安斐(やすあや)」

龍野藩10代藩主。

最後の藩主さんですよ!

左にはその倍額を寄付した

「森本六兵衛」さん。

藩主の倍額なんて、

凄いぞ!いったい誰なんだ?

と調べたら、現在も繁栄されている

神戸市の森本倉庫の創業者さんでした。

次に現れたのが、

「芸子の玉垣」

横山治作という方が、

芸妓置屋の主で、

その他の玉垣には、

「壽み、君千代、福子」など

芸子さんの名前が刻まれています。

あと一息。

遂に踏破(笑)

ここの玉垣は、

力士や行事が寄進しています。

神社右側の玉垣を見ると、

左端の大きなものは、

横綱、梅ヶ谷藤太郎(恐らく2代目)。

少し低い何本かは、

木村○○、式守○○と

書かれているので、

多分、行事さんの寄進でしょう。

荒岩亀之助(大関)の前には、

3つの石が置かれています。

これって力石でしょうか?

ちょっと違うかな。

この玉垣の最後(社殿前)は、

横綱常陸山谷右エ門。

梅ケ谷と横綱同時昇進した大横綱。

名前を隠すように建つ案内の先に、

御社殿(石扉)はあります。

参拝。

案内の「出雲大社の千家氏の家紋」

そして、振り返ると・・・

たつの市が一望です。

やはり動画がわかりやすいかな。

本殿(お墓)にも直接参拝。

本殿後ろから撮影。

ここからたつの市を

ずっと見守ってくれてるのですね。

野見宿禰さん、ありがとう!

手水鉢

参拝後、山を下り、

次の龍野神社へ向かう途中には、

行きがけに見た鳥居があります。

明治36年の建立ですが、

柱が途中で継れた肥前鳥居的な

構造となっています。

そして、鳥居の手前にあるのが、

こんな手水鉢です。

力士像付きで、

清浄な水に癒やされます。

しかし・・・

僕たちは参拝した後(汗)

それでもいいか~と

ここでお手水(笑)

「力水」。

そうか~力士の神社なので、

お手水よりも力水なんですね!

これを書いたのは、

栃錦(後の春日野親方)です。

お墓前では控えていましたが、

ここで、ツーショット完了。

相撲が大好きな妻ですが、

日本で初めて、当麻蹴速

(たいまのけはや)と相撲をとり

勝利した野見宿禰さんや、

野見宿禰神社のこと

そして、以前、

その日本初の相撲場となった

奈良県桜井市の相撲神社に行ったことも

覚えているでしょうか?

多分・・忘れているかな(笑)

 

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