小谷寺(滋賀県長浜市)

 

境内図付きの案内

小谷寺(おだにじ)には、

素晴らしい境内図があります。

この画風からして

江戸時代以前に描かれた

古いものかと思って見ると、

文字が左から右に書かれています。

要するに現代なんですね!

この境内図とともに、

右下にはお寺の御由緒の説明もあり

この案内板一つで、

既に参拝した気分です(笑)

小谷寺へ

小谷神社と小谷寺は

まるで一つの敷地に建っているようで、

参道は共通のものとなっています。

参道。

境内図にも描かれている

参道左側の鐘楼に到着。

「小谷寺梵鐘」

承応4年(1655年)の制作というから

370年ほど昔のものですね。

第二次世界大戦時の金属供出も逃れ

今ここにあるのは、

住職さんや檀家さんたちの

強い思いがあったからでしょう・・・。

梵鐘近影。

小谷寺の案内。

超訳すると

「寺伝では、白山を開いた泰澄によって

神亀5年(728年)の創建」

「もともと常勝寺と称したが、

浅井亮政の祈願寺として

「小谷寺」と改めた」

「浅井氏滅亡後、

小谷城をしばらく居城とした

羽柴秀吉によって、手厚く保護され、

天正19年(1591年)には、

高44石余の所領を朱印状で与えている」

このように書かれています。

僕にとっての泰澄といえば、

思い出すのが、

素晴らしい苔に感動した

福井県の平泉寺白山神社ですが、

泰澄さん、ここ滋賀(近江)でも、

活躍していたんですね。

本堂が見えてきました。

お地蔵様にご挨拶。

地蔵菩薩にも参拝。

本堂。

屋根の形からすると

以前は藁葺きであったようです。

また、この建物、

境内図には「観音堂」と記されていたので、

観音堂と呼ぶのが正解かも知れません。

参拝。

お堂の前には、

秀吉の家紋でもある五七の桐紋と、

お寺の寺紋でしょうか、

輪違い紋が染め抜かれた

紫の幕が張られています。

やはり秀吉あっての再興ですからね!

文化財の紹介。

大黒天。

ここから登れるようなので、

行ってみます。

手入れはされず、荒れたままの社殿。

ここは冒頭の境内図に

「鎮守」と書かれた場所ですので、

昔の鎮守社だったのでしょうか?

神額。

「垂跡」?

垂迹(すいじゃく)を訓読みしにした、

「跡を垂る」の意味かな?

しかし、もはやここに神様は、

いらっしゃらないような・・・

そして、本堂脇に戻って見つけたのが、

こちらの案内です。

「浅井長政公之塚」。

ここから歩いて6分か・・・(汗)。

この時、往復12分あるく気力がなく

この写真に参拝して(汗)

小谷寺訪問は完了です。

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください