大神山神社本社(鳥取県米子市)

 

冬宮

大神山神社本社は、

江戸時代までは、

「大山寺(大神山神社)の冬宮」

という位置づけだったようです。

大山(だいせん)の山腹に鎮座する

お社は冬期には雪が積るので、

その期間はここで神事が行われたことに

由来するもので、

現在の奥宮は夏宮と呼ばれていたようです。

大燈籠

大神山神社奥宮を参拝したあとは、

やはり本社の参拝も欠かせません。

社頭。

右側の燈籠が目をひきます。

下段は亀甲積みで、

五段の石段にはビッシリと

寄進者の名前が刻まれています。

大神山神社石積大灯籠の碑。

高さ6.3m、明治八年の建立です。

高さの比較のため妻登場。

参道

鳥居をくぐって境内へ。

文化九年(1812)

寄進の一の鳥居。

御由緒。

短刀の写真があるな~

なんて思いながら読んでみると、

大神山神社奥宮の下山神社に続き、

なんとここでも

津和野城主の名前を発見!

とっとり文化財ナビ」というサイトによれば、

「津和野藩主亀井茲政の寄進。

長さ24.8cm、幅2.3cm。

備州長船住兼光の銘がある。

鎌倉時代末期か

南北朝時代の作と推定される。

また、金熨斗造

(柄、鞘とも金の延金の合口。

鍔のない作り)の外装は美しく、

柄の目貫きは法輪二つの彫刻物で、

刀の品格にふさわしい。」

このように書かれています。

Wikipediaよると

亀井茲政は津和野藩二代目藩主で、

3歳にして家督相続を許された

超幸運の人物、

そんな幸運だったことを

神様に感謝し奉納したのかも?

(勝手な推測です)

新しめの左右の大燈籠。

火袋には狛犬が張り付いています(笑)

吽形。

寛政十一年(1799)寄進の燈籠。

対になる燈籠は、

寛政期よりも古そうですが、

年代を確認するのを

完全に忘れていました(汗)

手水舎。

今流行りの?

柄杓は無いタイプ。

清浄な水がたたえられ、

気持ち良く手水を完了。

随神門と江戸期の狛犬。

そして、

門の左右を覗いて見ると、

今までに見たことも無いような

狛犬がいらっしゃいます。

阿形。

いったいいつごろ誰が

作ったのでしょうか?

押しつぶされたようなお顔が

愛嬌あって素敵です。

吽形のお顔も平面っぽく、

何となく笑っている感じ。

ここでこんな貴重な狛犬に出会えるとは、

思いもよらぬ収穫でした。

御社殿

次に御社殿へ。

右から拝殿と渡り廊下、

そして、御饌殿のような建物。

拝殿にて参拝。

社号額(神額)。

社号額についての説明。

この文字を書いたのは、

最後の鳥取藩主だった

池田慶徳(よしのり)さん。

この方、徳川斉昭の子で、

徳川慶喜のお兄ちゃんだったんですね!

いや~ホントに親切な案内です。

感謝です!

大神山神社本社さん。

拝殿から本殿へ。

檜皮葺の本殿が渋い。

本殿斜め後ろから。

渡り廊下。

あまり見かけない構造ですが、

この地方では渡り廊下が

流行っていた時期があるのか、

他の神社でも同じようなものを見ました。

遥拝所

本殿向かって左側には、

遙拝所が配置されています。

「大山奥宮・下山神社遙拝所」

お狐様を見ると、

何となく下山神社を

主体としているように見えますね。

境内社

本殿右横の境内社、

朝宮神社へ。

燈籠、拝殿、本殿の本格派です。

参拝した時、本殿の下に

石が見えるのに気づきました。

これはいったい・・・?

要石や御神石の類でしょうか・・・。

未だに謎です。

最後にツーショットで〆。

これにて

大神山神社本社の参拝は完了。

 

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