立石寺(山寺)(山形県)その4

 

ミンミンゼミ

松尾芭蕉が立石寺で詠んだ俳句、

「閑さや 岩にしみ入 蝉の声」。

この蝉(セミ)の種類は、

芭蕉が立石寺を訪問した

元禄二年五月二十七日

(新暦だと7月上旬)は初夏という事で、

「ニイニイゼミ」が有力なようです。

僕たちが訪問したのは、

晩夏である9月7日のお昼ごろ。

この時大合唱していたのは、

ミンミンゼミでした。

それでもその声はしっかりと

「岩にしみ入っていた」と思います。

従って、

芭蕉さんも僕たちと同じ

ミンミンゼミの声を

聞いていたかも知れません・・

いいえ、

間違いなく聞いていたはずです!(笑)

松尾芭蕉像

宝珠山の麓、

根本中堂日枝神社の先に

見えてくるのが松尾芭蕉像です。

左が芭蕉像、右が曽良像。

「俳聖芭蕉」

俳聖と聞くと、

松尾芭蕉の生まれ故郷、

伊賀上野に建つ芭蕉さんの顕彰施設

「俳聖堂」が頭をよぎります。

いつかは俳聖堂に行って、

「立石寺の蝉の声を聞きましたよ!」って、

報告しなきゃ(笑)

優しいお顔をしています。

碑文を書き出すと以下になります。

「西紀一六八九年元禄二年五月廿七日

俳聖芭蕉奥の細道行脚の砌り

此の地立石寺を訪れて

山上山下を巡拝し宿坊に一泊され

不朽の名句を残された

「閑さや 岩にしみ入 蝉の声」

今ここに翁を敬仰して尊像を建立して

永く其の遺澤を顕彰せんとしたものである」

この文章、

奉納者の鈴木伝六(傳六)さんが

書かれたものでしょうか?

全く根拠はありませんが、

なんとなくそんな感じがします。

「芭蕉門人 曽良の像」

石碑の文章を書き出すと、

「昭和四十七年秋、父 伝六が

芭蕉翁像を建てました。

奥の細道紀行三百年に当たり

芭蕉翁に随行し行脚した

河合曽良の像を建てます。

平成元年七月十三日

寄贈者 鈴木伝四郎

株式会社でん六社長」

このようになります。

奉納者である伝四郎さん自らの

芭蕉や曽良、そして何よりも

尊敬する父への思いが詰まった、

簡潔で素晴らしい文章ですね!

特に、

「像を建てました」ではなく、

「像を建てます」と、

現在進行形であること。

何だか「建てるぞ!」って

意気込みがより伝わってきますから。

万物供養阿弥陀如来

芭蕉さんの次は仏さん(笑)

「真っ白い仏 万物供養阿弥陀如来」

人の生活に必要な生き物など

全てを供養してくださる仏様だと

書かれています。

しっかり参拝。

これで、

お昼に食べた胃袋のホタテと鯖も

完璧に供養されました(笑)

常行念仏堂・鐘楼

同じ天台宗だからでしょうか、

ここには、常行念仏堂という

延暦寺の「常行堂」に似た名前の

建物があります。

案内には、

「江戸時代の初めに再建された」

と書かれています。

賽銭箱の案内。

「ころり往生阿弥陀如来」とは、

阿弥陀さんのニックネームですね!

ここで拝めば、長患いをせず、

ポックリと極楽往生できるという、

素晴らしいご利益が頂けますよ!

鐘楼。

山門

ここまで来れば山門はすぐ近く。

でも山門はまだ平地なので、

これからが「本番」です(笑)

「登山口」

後半を抜粋すると

「鎌倉時代の建立といわれる山門は、

開山堂などへの登山口で、

大佛殿のある奥之院までの石段八百余段。

その途中、数十メートルの岩に建つ堂塔や、

数百年前の樹林の間に、

貴重な宗教文化と、

自然景観が一体となった、

日本を代表する霊場の入口であり、

石段を一段、二段と登ることにより、

煩悩が消滅すると信仰されている。」

このようになります。

確かに石段を登ると

めっちゃ息切れしてしまい、

「良からぬ事」は

全く頭に浮かんで来なくなりますから

煩悩は完全消滅とはいかなくても

少し忘れるくらいにはなります(笑)

山寺立石寺案内マップ。

見ただけで、クラクラ来そうな

山の高さです(笑)

山門へ。

趣ある茅葺で、

入場ゲートにもなった山門。

「開北霊窟」と書かれた扁額。

姥堂

山門からは本格的な

石段登山の開始です。

まだ平地です・・・。

時々、「空也塔」なるものがあり、

これが何なのか妻と二人して考えた結果、

以前、妻がとっても気になっていたけど

最近は熱が冷めてしまった空也像がある

六波羅蜜寺さんが、

僕たちを呼んでいるという結論に(笑)

行くしかないか?

姥堂に到着。

茅葺屋根もまた渋いね〜!

でも内容は

もっと渋いのですよ・・・

案内を抜粋すると以下になります。

「この堂の本尊は奪衣婆だつえばの石像。

ここから下は地獄、

ここから上が極楽という浄土口で、

そばの岩清水で心身を清め、

新しい着物に着替えて極楽に登り、

古い衣服は堂内の奪衣婆だつえばに奉納する。」

この形相は!

やっぱ、

茅葺屋根より渋いですな〜(笑)

奪衣婆が見つめる先にあるのが、

先祖供養の香炉で、

後ろに見える大岩は、

「笠岩とも笠投石ともいい、

慈覚大師が雨やどりした

ところとも伝えられる」

このように案内されています。

大岩のアップ。

人との大きさ比較で、

かなりの大岩だとわかりますね!

そして、まだまだ先は長い・・・

(続く)

 

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