魚雷遠距離発射場突堤/長崎県川棚町
ダークツーリズム
「ダークツーリズム」を
Wikipediaで見ると、
「災害被災跡地、戦争跡地など、
人類の死や悲しみを
対象にした観光のこと。」
このようにあります。
なので負の遺産と言われる
戦争遺跡を巡るというのは、
「ダークツーリズム」なのでしょう。
ただ、僕はこのネーミングに
少し違和感を覚えます。
死や悲しみが起きた場所なんて、
世界中どこにもありますから・・
日本に於いても、
広島、長崎の原爆だけが、
戦争遺跡ではなく、
東京大空襲での10万人の犠牲をはじめ、
大都市のほとんどは、
街そのものが「戦争遺跡」なのです。
東京の桜の名所、隅田公園は、
処理しきれない黒焦げの遺体を
山積みにして仮埋葬した場所だし、
今はその光景が見えていなだけで、
隅田公園でお花見すれば、
その歴史を知らずとも、
「ダークツーリズム」に
なっているのかも知れません・・
ということで、
戦争遺跡を体験する事は、
わざわざ「ダークツーリズム」なんて
言葉で表すように特別なことではなく、
歴史を知り、
未来の平和を維持して行くために、
必要不可欠な事ではないかと思います。
戦争体験の無い世代だけの日本になれば、
必ず戦争を軽く見る風潮は出ます。
人類の歴史を見ても
「人は忘れると過ちを繰り返す」
これに尽きますから・・
なので、
戦争遺跡巡りというのは、
明るいく平和な未来を希求するためのもの、
あえてネーミングするならば、
「ホワイトツーリズム」でしょうか?(笑)
昼食
朝5時過ぎにパン1個の朝食だと
10時過ぎには腹が減って
気力が無くなります(笑)
と言うことで、
魚雷発射試験場跡へ行く前に
川棚町のスーパー「エレナ」で、
弁当を調達する事に。

僕は、「広告の品」チキン南蛮弁当。

妻は、
九州かしわめし&山菜ちらし寿司。
車内食堂(笑)で美味しく完食です。
片島公園駐車場
午前10時50分頃、
片島公園駐車場に到着。

岸壁にはヨットが浮かび、
ここが戦争遺跡というのを
忘れさせるほどに
のどかな風景が広がります。

ニコニコレンタカーで
車種指定して借りた
スズキ・スペーシア。
実に快適な車でした!

案内図から説明を書き出します。
「魚雷発射試験場跡」
「ここは、1918年
(大正7年)に開設され、
佐世保海軍工廠や三菱長崎兵器製作所で
製造された魚雷の発射試験が行われた。
大きな建物(空気圧縮ポンプ室)
周辺の施設の中で、
魚雷の最終試験や調整などを
していたのではないかと言われています。
当時魚雷発射の状況を記録・確認
するための観測所跡も残っており、
ここで合格となった魚雷のみ、
佐世保鎮守府に送られていたそうです。
※開設当時は「佐世保海軍工廠造兵部
川棚魚雷遠距離發射場」と呼ばれていた」

ここは映画のロケ地にもなったようです。
そして、
駐車場横で見つけたのがこちらです。

レンガとコンクリで作られた
戦時中の建物跡。

こちらは水槽のようなものが。
一体何なのでしょうか?
海神々社
ここは戦争遺跡ですが、
その遥か昔からいらっしゃるのが、
対岸に見える竜神様です。

「海神々社」
「わたつみ」神社というのか、
「かいじん」神社というのか、
読み方は分かりませんが、
以下、案内の全文です。
「海を隔てて鳥居が見えるのが
海神々社です。
洞窟には八大竜王が祀ってあります。
大村藩「郷村記」には、
「当社建立年號不知天和年中此社あり」
(建立年は不明だが天和年間
(1681〜1684)には存在した)」
と記され、
また御神体の背の銘文には、
「奉立願八大竜王
元禄六癸酉(1693)八月
氏子 白石村 小串村」
とあります。
この八大竜王については、
次のような言い伝えがあります。
「江戸時代筑前藩主黒田公が、
大村藩を渡っている時激しい風雨に遭い、
竜神に安全を祈って事なきを得たことから、
この場所に八大竜王を祀った。」
川棚教育委員会」

美しい海の向こう岸に・・・

お〜ありますね!神社が!
まずは、
ここに来られたことを感謝しつつ、
八大竜王様に遥拝完了です。
魚雷遠距離発射場突堤
この周辺には、
いくつもの遺構が残っていますが、
まずは海辺にある突堤へ。

アーチ方の橋脚がお洒落ですね!
水の抵抗を逃す工夫なのでしょうか・・

大石を入れて、
コンクリを節約したのかな?

魚雷を運搬したであろう、
レール跡がしっかり残っています。
動画だと風が強いのがよく分かります。

行けるとこまで前進!

分岐点の跡。

立入禁止の手前から撮影。

レール跡はここから左へ曲がり、
試験場へと向かっています。

建物。

よく見ると、
レンガの上にコンクリが
塗られていますね!
1918年(大正7年)に
開設された当時は、
まだ航空機対策を考えていなかったはずで、
その後の空からの攻撃を想定して、
レンガの色が目立つので、
その上にコンクリを塗ったと考えられます。
今回の旅のひと月ほど前に行った
横須賀市の猿島で、
同じような改変を見た時の知識なので、
間違いないでしょう!(笑)

魚雷試験場(右手前)と
探信儀領収試験場跡(左先方)。
「探信儀」とは初めて見た言葉ですが、
ソナーのようなものでしょうかね?

探信儀領収試験場跡への道は、
立入禁止なので、
ここからズームで撮影。
(続く)