筑波海軍航空隊記念館・司令室/映画パネル展

 

行きます!

旧海軍航空隊司令部庁舎二階の司令室。

ここは妻の前世(多分)、

特攻隊員時代の記憶が残った

特別な場所です。

前回もそうでしたが、妻が司令室に入ると、

「帰ってきた」ではなく、

「行きます!」

そんな気持ちが湧き上がるのだそうです。

帰ってくる希望がない、

片道攻撃(特攻)出撃時の記憶?

妻の気持ちを尊重して、

これからも大切にしていきます・・・

司令室

今回の訪問は、

クライマックスの波が、

何度も押し寄せる贅沢な時間でしたが、

やはりその中でも司令室は特別です。

入口。

妻、司令官に敬礼!

後ろからも撮影。

今回は書庫の扉が開いていますね!

書庫内の案内。

海軍当時の部屋の壁が残るそうです。

ここでロケが行われた映画のパネル。

海軍時代の壁も少し見えていますね!

書庫を背にして部屋全体を撮影。

机の上には当時の(模写?)

書類が置かれています。

昭和十九年七月十九日は、

サイパン島の守備隊が玉砕した

12日後の日付です。

サイパン・テニアン・グアムなどの

マリアナ諸島を失い、

B29の爆撃圏内に入った日本。

これ以降、日本軍の作戦は、

(作戦とは言えないが)

攻撃は特攻、

島嶼守備は持久戦の上、玉砕と

破れかぶれの状況に

陥っていくのです・・・

格天井の説明。

前回同様(笑)格天井も確認。

こちらは司令室の隣の部屋。

永遠の0などのロケ現場です。

映画の紹介パネル。

企画展

次に、アニメ映画

「ペリリュー楽園のゲルニカ」の

企画展へ。

まずはパンフレットの確認から。

二つの企画展の案内。

「戦争が楽園を地獄に変えた」

まさに、「ゲルニカ」ですね・・

※「ゲルニカ」とはピカソが描いた作品で、

ドイツがスペインのゲルニカを爆撃した際、

廃墟となった悲惨な光景を描いたものです。

裏面。

入場。

ポスターの右上に注目!

著作権のあるアニメになのに、

撮影もSNSもOKとは、

実にありがたいですね!

最近100均のダイソーも

「店内撮影OK、SNS投稿歓迎」

みたいに掲示されていますので、

紙媒体が激減した今日、

企業広報戦略も旧態依然とした

「店内撮影禁止」だけでは、

若者はじめ多くの人への情報発信は、

難しいかも知れません。

作者、武田一義氏の紹介。

展示室全景。

まずは映画関係のパネルから。

映画のシーン1

映画のシーン2

右上のカラー写真

「板垣李光人は

アフレコ前の2025年4月、

実際にペリリュー島に慰霊訪問し、

日本兵が隠れていた洞窟や

零式艦上戦闘機五二型跡(写真)など

戦跡を巡った。」

主人公、田丸一等兵のアテレコ担当の

板垣李光人さん、

ペリリューに慰霊訪問していたとは、

素晴らしい事ですね!

やはり「心のこもり方」

違ったと思います・・・

【左下のカラーパネル】

「この島の存在を知ったのは

2015年4月」

「天皇・皇后両陛下の

慰霊訪問が

テレビを賑わしていた

からだ」

「慰霊訪問」

「ーそう

かつてここで

日米合わせて5万人の兵が

死闘を繰り広げたという」

「ここに祖父がいた」

「南太平洋

パラオ諸島南部の

小さな島」

「サンゴ礁の海に囲まれ

熱帯の豊な森に覆われた

小さな楽園」

ペリリュー島 昭和19年 夏ー

漫画を描くきっかけが、

天皇・皇后両陛下のペリリュー島

慰霊訪問だったとは・・・

きっと御英霊の方々も空の彼方で、

お喜びになっている事でしょう。

この一つを持ってしても

天皇・皇后両陛下の存在と行動が

いかに大きいのかが実感できます・・

原作漫画「ペリリュー楽園のゲルニカ」

11巻の表紙一覧。

僕は漫画を読んでいませんが、

ブログを書いている時点では

既に映画は観ているので、

概略は理解できています。

パネルではそれぞれの巻から

いくつかのシーンが抜粋されています。

第1巻。

主人公の田丸一等兵と吉敷上等兵が、

生きて日本に帰ろうと

約束するシーンなど。

第2巻。

「功績係」という、

戦死者の最後を美化して遺族に伝えるという

役目を負った田丸一等兵が負傷した兵に

取材しているシーンなど。

第3巻。

吉敷が家族の写真を見せながら

田丸に家族の思い出を話すシーン。

第4巻。

「死んだ仲間 殺した敵

巻きぞえの人たち

全部飲みこんで

僕らは生きてる

笑っていく」

映画でもこんなシーンあったけど、

やはり言葉にすると重いですね・・

第5巻。

母を思い出す田丸・・

第6巻。

ハエが群がっている死体群。

映画でもありました・・・

「不思議だ

怖いはずなのに」

「なんだか

高揚感がある」

「体が生きることを

求めている」

これは実際の生き残りの方かの

お言葉かも知れません・・・

第7巻。

「もはや島全土が

我ら日本軍将兵の

「墓」のようなものだ」

確かに・・・

どこまでも悲しい・・

第8巻。

「戦争は

終わっているのか

終わっていないのか」

仲間のほとんどが玉砕した後、

ペリリュー島で生き残った誰もが

悶々と考え続けたことです・・・

第9巻。

「あいつら

どーなるんだ?」

「そりゃ

普通・・・・」

「投降は死刑・・だろ」

田丸と吉敷が投降未遂後、

監禁された時の仲間の言葉です。

「生きて虜囚の辱めを受けず」などと

あくまでも投降は国家への反逆と

捉えられていた日本、

逆に投降して命を繋ぐことは、

将来の国家貢献へのチャンスと

考えていたアメリカ・・・

戦争直後の日本を考えた時、

どっちが正解だったかは、

正直わかりませんが、

現代は後者しかありませんね。

第10巻。

右の大きな白黒は、

島田中尉が吉敷を撃った場面です。

映画でも泣けるシーンでした・・・

第11巻。

「ペリリュー島で

米軍の食料を奪ってた

僕らの方が」

「ずっと満足に食べられてたんだ」

内地に帰った時の言葉でしょう。

戦後、飢餓寸前だった日本、

今は食料捨てまくりですね・・・

漫画の考察など。

原画など。

左上のコメントを確認。

原作者のアニメーション化に

あたってのコメント。

「そして何より原作だけでなく、

この作品にはベースとなる史実ー

80年前の戦争があります。

そこで生きた人がいます。」

武田氏の生き残りや

ご英霊の方々への敬意が、

ここに凝縮されていますね・・

パラオ政府観光局のパネル展示。

パンフ表紙。

戦争の事が嘘のような、

まさに「楽園」そのものですね。

日本とパラオの位置関係と

パラオ内でのペリリュー島の位置など。

パラオと日本とのつながり。

観覧後、

司令部庁舎前にて妻、真顔で敬礼!

ツーショットは笑顔で(笑)

この後は、心待ちにしていた、

地下戦闘指揮所の見学へと向かいます。

(続く)

 

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