山田大王神社(熊本県山江村)

 

御祭神は敵の大将

神社で祭っている神様は、

天照大神をはじめとした神話の神様や、

東照宮の徳川家康などの武将、

その他は八百万なので、石や瀧や山など色々とありますが、

今回行った山田大王神社は、敵将を祭った神社でした。

そこに人吉球磨地方にこれだけ古いものが残っているわけがあるようです。

そんな、山田大王神社に行く前に

僕たちは大変重要な任務がありました。

それは、

胃袋を満たしてあげる任務(笑)

「和食処さんるーぷ」

地元の仕出し屋さんがやっているレストランで

何か美味しそうだったので入ってみました。

いや〜期待以上にめっちゃ美味しい!

僕は、寿司と天ぷらの豪華版。

妻は、刺身とアラのヘルシー版。

二人とも大満足のランチでした。

山田大王神社へ

豪華なランチで満腹な僕たちが参拝したのは

このあたりでは最も古いとされる山田大王神社です。

 

円形っぽい境内は石垣の上にあります。

もちろん日本遺産です。

山田大王神社も僕たちの独占です(笑)

国指定重要文化財の案内付石碑

詳しい案内。

内容を要約すると

「この神社は明治維新まで約700年、人吉球磨地方を統治していた相良氏が

その以前にここを支配していた地頭の平河氏を滅ぼし、

その霊を祭ったのがこの山田大王神社で、他にも

荒田大王神社、横瀬大王神社、深田大王神社、平川大王神社と

平河氏が支配していた各地域に

平河氏一族の霊を慰める神社が建立されている。」

こんな感じです。

僕の勝手な推測ですが、

平河氏はこの地域の人々の暮らしに溶け込んで、

善政を行なっていたのでしょう。

その平河氏を滅ぼした新たな領主である相良氏にとって

村人達の心を掌握する手段の一つとして、このように神社を建て、

心の拠り所を作ったのではないかと思います。

そんな配慮もあってなのか相良氏が

同じ地域の支配者(大名)として

700年も続いたのかも知れませんね。

やはり気遣いって大切だな〜(笑)

拝殿の右には神供所(じんぐしょ)があり、

この地方のスタンダードなデザインです。

左は本殿とその回りを囲む覆屋(おおいや)そして、右は拝殿。

本殿、覆屋のアップ。

朱塗りの本殿が美しいですね。

覆屋の木冊が鉛筆の先端のように先が尖っているのは

侵入者を防ぐためのものでしょうか?

そして、案内に書いてあった、

本殿の裏手にある高さ三尺あまり(1m20cm位)の古い石塔も見学。

上部に「大日如来」と刻まれていて、

南北朝時代中期(約700年前)のものです。

〆のツーショットで参拝は完了。

山田大王神社が滅ぼした相手を祭った神社だったとは

行ってみて初めて知りましたが、

そんな意味合いで建てられた神社って他にもあるのでしょうか?

「敵の霊を祭る」

祟りを恐れてその霊を祭るという意味もあるでしょうが、

中国のように滅ぼした敵のお墓まで掘り返して

全部を無くしてしまうやり方と全く逆の考え方なのが、

敵にさえも敬意を持って接する日本人の精神。

僕はこの神社に参拝し日本文化の優しさを感じられ

やっぱり日本人っていいな〜っと改めて思いました。

今日の癒し

まるで、龍神様が湯船につかっているみたいな手水鉢に癒されました。

撮影者の影まで映り込んでいますね(笑)

 

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