梅岳寺(福岡市)

 

大友宗麟公の導き

今回参拝した梅岳寺、

実は、4年前に一度来ています。

それは立花山城に登った時の事で、

戦国時代末期、

立花山城主だった、大友宗麟の重臣、

戸次(べっき)道雪の

お墓に参るのが目的でした。

妻はその時のことをほぼ忘れていましたが、

最近、大分市の大友氏館跡を訪問した時、

来館者全員が引ける「新春大友みくじ」で、

妻が戸次道雪を引当た事により、

戦国好きの妻の心に火が着いたのです(笑)

こちらがその現物。

これがきかっけで、

妻も改めて(初めて?)道雪のこと知り、

僕が以前訪問した、

梅岳寺のお墓の話をすると、

「へ~!そこ、絶対いきたい!!」

そう言うではないですか(笑)

行ったことがあるのに、

まるで、

初めて行く人みたいな妻の言い方に

思わず笑ってしまいますが、

そう言われると、

すぐに行きたくなるのが僕(笑)

僕たちの家から車で

わずか10分ほどの場所にある

道雪公の墓に行くきかっけが、

150Kmも離れた大分市だったなんて、

やはりこれは間違いなく、

大友宗麟公のお導きに違いありません!

本堂

立花山の麓、

のどかな場所に鎮座するのが、

「立花山 梅岳寺」です。

境内入口。

寺号標には、

「立花家十六代夫人文子書」

このように書かれています。

この文子(あやこ)さん、

柳川の料亭、御花を創業した人で、

2010年、100才で亡くなっています。

梅岳寺の案内。

ここで、戸次道雪は、

立花道雪と書かれていますが、

戦国時代くらいまでは、

支配地域の名前を名字にする

習慣?があったので、

「立花」姓となっているのでしょう。

その娘婿(養子)の立花宗茂がその後、

柳川藩主となったことなども書かれています。

お墓の案内。

山門。

本堂。

斜めから撮影。

巻物部分が大きいなど

違いはあるものの、

寺紋は立花家の「祇園守紋」に

良く似ています。

本堂前の石段で盃状穴を発見!

参拝。

参拝場所のすぐ横に

大きな梵鐘があるのは、

ちょっと珍しいかも知れません。

普通、この位置ならば、

喚鐘(小さなタイプ)でしょうから。

戸次(立花)道雪の墓所

本堂の左側からお墓に向かいます。

思った以上に大きな本堂。

古い石の案内。

「道雪公 御墓参詣道」。

「立花城主道雪公墳墓之地」

周囲はレンガでも囲われ

大切な扱いがなされています。

塀の外から参拝。

右から道雪公、お母様、

そして道雪の忠臣、薦野増時の墓。

ご縁をつないでくれた、

「新春大友みくじ」と一緒に。

お地蔵様

境内の端っこには、

お地蔵様がいらっしゃいます。

御由緒ありげな石碑(お墓?)とお堂。

参拝。

この後、ツーショットも完了。

そして参拝後、

昼食の妻の手作り弁当を食べるため、

立花山登山口の駐車場へ。

お~!!

なんと、満車ですよ(笑)

以前登った時に撮影した、

山頂からの景色です。

やはりこの絶景が楽しめるのも

人気一つなんでしょう。

今日の癒やし

お寺の裏側で見つけた石仏に

癒やされました。

道雪公のお墓の右横には、

梅岳寺住職さん代々の墓があり、

そのまた右横にあるのが、

台座に三界萬霊と刻まれた、

文政時代(200年位前)の石仏で、

「三界」は神社検定で勉強した記憶があり、

この言葉に会えてちょっと嬉しいかも(笑)

三界とは、仏教における

欲界、色界、無色界のことで、

この中の最上位は、

俗欲から開放された無色界で、

僕は一番下っ端の「欲界」の住人です(笑)

また、「三界萬霊」とは、

この全ての世界のものを

供養するという意味ですから、

僕も救われているはずかな?(笑)

 

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