八天神社(佐賀県嬉野市)前編

 

例大祭との遭遇

神社で一番大切なお祭りは、

「大祭」、「例大祭」と呼ばれるもので、

神社にとっても氏子さんにとっても

特別な日と言えるでしょう。

そんな例大祭の日に、

偶然に遭遇したのが、八天神社です。

僕達は過去にの旅でも、

島根県の出雲大社や、

鹿島市の琴路神社

広島県、鞆の浦の沼名前神社などで、

例大祭と偶然出会っていますが、

妻はきっと忘れているでしょう(笑)

参道

広い駐車場から

まずは、社頭へ。

参道入口。

天保五年(1834)寄進の燈籠。

盃状穴を発見!

対になる左側の燈籠。

一の鳥居は、

天保三年(1832)寄進。

僕のご近所、古賀神社の石鳥居と同じ

天保三年生まれというのに

なんだか親近感を覚えます(笑)

そして、神額を見ると・・・

「日本一社 八天狗神下宮」。

このように書かれています。

八天狗(はってんぐ)→

八天宮(はってんぐう)→八天神社。

こんな流れだったのでしょうか?

拝殿近くの案内によると、

八天狗社は創江戸時代まで、

神仏習合だった頃の名前で、

明治維新後に、神仏分離の為、

八天神社と変えられたようです。

そして、この神額には、

「裏の顔」もあります(笑)

「八天狗神下宮」の裏側の、

ニワトリが描かれた額。

何故、ニワトリなのか・・・?

下には文字が刻まれているようですが、

苔に覆われて、内容は分かりません。

ただ、大変貴重なものを見られて、

ますますテンション上がってきます(笑)

燈籠と幟柱が、

交互に配置された参道。

二の鳥居へ。

さらに進むと石橋があります。

デザインや石の積み方からして、

比較的現代的なので、

大正~昭和初めくらいの

建立でしょうか・・・

石橋から鹿島川の上流を望む。

のどかで、癒やされますな~。

こちらは下流。

ここから鹿島市内を通り、

有明海へと流れています。

そして、次なる石橋へ。

これは渋い!

こちらは橋を渡った所に建つ案内。

内容を抜粋すると

「佐賀県内にある唯一の

江戸時代建立の石橋で、

当社の千二百年大祭の記念として、

当地の石工によって施工されたものである。

文政九年(1826)

二連アーチの眼鏡橋として計画されたが、

結局一連アーチに変更され、

嘉永七年(1854)に完成した。

なおこの碑の石材は

当時基礎に用いた巨石材の残品を

保存されてきたものである。」

このようになります。

170年ほど前に出来たものですが、

石工さんの高い技術のお陰で、

歪や痛みも殆どなく、

嘉永時代のちょんまげ姿の人たちと同じ、

安心した気持ちで渡れます。

橋を渡ると左手には、

川底への道があります。

川底から撮影。

ここで思い出したのが、

長崎歴史文化博物館で見た、

「石造りアーチ橋築造風景」です。

地元の石工さんもこんな感じで、

八天神社の石橋を造ったのでしょう。

大きさの比較で妻も登場(笑)

石の接ぎ目の緻密さには

ホント感心します。

橋の真下から撮影。

素晴らしい石橋を体験出来て、

僕も妻も参拝前なのに大満足(笑)

石橋を渡った所の燈籠。

対になる左側の燈籠。

土台には寄進者の名前が

ビッシリ刻まれていますね。

古い手水鉢。

そして、いよいよ御社殿へ。

(後編に続く)

今日のふしぎ発見

一の鳥居横で見つけた

ストーンサークル。

これはいったい何を意味するのでしょう?

真ん中の石がテーブルという訳でも

無さそうですし・・・謎です(笑)

 

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