日吉神社(久留米市国分町)

 

鎮座地

奈良時代、聖武天皇は勅願で、

全国に国分僧寺、国分尼寺という

国家鎮護のための寺院を建立しました。

その国分僧寺の総本山が、

聖武天皇開基の東大寺です。

国家的な大事業は、

お金と人が莫大に必要なもので、

有り難いと思った人、

儲かった人、

住んでる土地を追い払われた人、

使役で災難だった人、

色んな思いがあっての

完成だった事でしょう・・。

そんな国分寺跡に鎮座しているのが、

日吉神社です。

参道

社頭に立った時、

目に入ったのがこの盃状穴です。

両端の欄干全てに彫られた盃状穴。

ついつい、これに見惚れてしまい、

社頭の全体像を撮影するのを

すっかり忘れてしまいました。

寛政年間(1789年~1801)

寄進の古い燈籠。

こちらは、左側。

火袋もオリジナルのようですし、

耐久性抜群です。

一の鳥居は、

寶暦二年(1752年)寄進。

神額には「山王宮」の文字が

刻まれています。

先程の燈籠の一つ前の年代、

明和元年(1764年)寄進の燈籠。

蕨手は欠け、火袋も取り替えられ、

かなり傷みはあるものの、

昔のままの姿が見られるのは、

本当に嬉しいものです。

慶應二年(1866年)

寄進の二の鳥居。

三の鳥居。

もうすぐ拝殿。

日吉神社由緒。

短くまとめると、

「創建は承平二年(939年)、

戦国時代に焼失し、

寛永九年(1632年)に、

国分村庄屋国分十右ェ門により再建」

このようになります。

見ざる言わざる聞かざる。

笑顔に癒やされる神牛。

手水舎は竹筒を使い、

コロナ対策完璧です。

手水鉢下の生花。

こんなお気遣いに心洗われます。

拝殿前の狛犬は、

文政五年(1822年)の寄進。

吽形。

拝殿にて参拝。

 

 

このご神紋は?

アリさん(笑)

拝殿から幣殿、本殿へ。

本殿。

本殿左後ろの御神木、

オオクスと妻。

拝殿前でツーショット完了。

境内社

次に境内社へ。

十三塚神社。

祠と恵比寿様。

夫婦岩的な石。

筑後国分寺跡

冒頭に書いたように、

日吉神社の境内は、

筑後国分寺跡でもあります。

案内。

はしょって書くと、

「奈良時代、聖武天皇の勅願より

全国に国分僧寺、

国分尼寺が建立されていて、

ここには、講堂の礎石が残り

発掘調査の結果、講堂跡、塔跡が

確認された」

こんな感じです。

講堂跡礎石、

国分寺僧寺講堂跡の案内柱。

大きな石碑は

横からしか撮影していなかったので、

正面に何が書かれていたかは、

全く記憶にございません(汗)

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください